第2話 偽彼氏になってください

 翼が消失して、神楽坂は床に着地した。


「見ての通り、私はただの人間じゃない。わかったかしら?」

「いまさら否定できないよ」


 余命半年という言葉が、頭をこびりついて離れない。


 神楽坂が救われる道はないのか、と祈る気持ちばかり募っていく。


「十八の夜に消えるのは、絶対なのか」

「……抜け道は、ある。かつての輝夜姫が、誰も成功していない方法だけど」

「それでもいいから、教えてほしい」

「わかったわ」


 目を伏し、やや経ってから語り出した。


「輝夜姫の求める無理難題を、他人にこなしてもらうことよ」

「原作準拠だな」

「らしいわね。で、なにを解決するかなのだけれど……」

「なにか確信でもあるのかな?」


 神楽坂は口をゴニョゴニョとさせた。顔は上気しており、まとまな状態ではない。


「もしや、人にはいえないこととか?」

「べ、別にそんなんじゃない。恋愛経験が皆無だから、せめて消滅する前に恋してみたいとか、思ってないし」

「なんと筒抜けな」


 恋をしたい、か。年頃の高校生、ふつうのことではないか。


「神楽坂さん、かわいいのに恋愛未経験って意外だね」

「失礼ね。あまりの美しさに、もはや神? として敬われる対象だったのよ。なにせ私、輝夜姫だから」

「なるほど、そういう考えで……」

「あーもう! 自分の性格が災いしてることくらい承知してるっての!」


 自覚ありだったか。


 なら、どうにかなるだろう。半年あれば、恋を見つけられると思う。ぷんぷんしていてもかわいいくらいだし。


「恋愛するっていっても、義務でするようなものでもないし、学校の男子は私に釣り合わな……って、そういうとこよね。落ち着け私」

「それなら、クラスのイケメン三人衆は?」

「全員彼女持ち。その上クズばっかだから願い下げよ。他のクラスメイトは、あんまりかしら」

「もしかして神楽坂、付き合う人いないのでは」


 あーっ、と綺麗な黒髪をガシガシと掻き出した。


「願いを叶えようとしなきゃ消えちゃうのよ! でも恋愛対象見つけられなさそう。見つけたとしても、成功するとも限らない。ダメなら消される……だいぶ終わってるわね」


 いまの神楽坂を救う手段はないだろうか?


 彼女の秘密に、土足で踏み込んでしまった身だ。なんらかの形で責任を取らなければならない。そう強く思っていた。


 あれこれ考えていると、脳に閃きが走った。


「そうかッ!」

「なによもう、いきなり大声出して」


 耳に手を当て、縮こまってしまった様子だ。音量調整をミスってしまった。


「解決策、というよりかは暫定案なんだが……」

「ほほーん、どんな名案なのかしら」

「――俺が仮の彼氏になる、というのはどうだろう?」


 はあっ? というのが第一声だった。


「ありえないわよ!? ちょっと話しただけで一目惚れですかっての! 羽山くんって、ヒョロ眼鏡のフツメン君だし……」

「確かに俺はイケメンではないよ。容姿ばかりか、気立てもよくない。それでも、神楽坂さんの事情を知った身として、助けになりたいんだ」


 そこに嘘はない。心からの願いだ。


「あくまで偽彼氏・彼女。擬似的な恋愛行為に身を投じて、なにか得るものがあるかもしれない。真実の愛を、よそから見つけ出せるかもしれない……フツメンの僕にも、使い道はあるんじゃないのかな」

「いちおう考えてくれたのね」

「神楽坂の消失を避ける確率が数パーセントでも上げられるなら、やる価値はあると信じている」


 目を瞑りながら、神楽坂は唸った。


「別にあんたはただのクラスメイト。本名でもないし、偽彼氏として扱うくらいならいいわ。お試しだものね」

「お、意外とすんなり」

「私だって、タダで死ぬ気はないの。課された宿命に抗うのも悪くないって、羽山くんのおかげで思えたわ。ありがとう」

「どういたしまして」


 ここまで大胆な行動に出たのは、初めてのことだ。


 いままでの俺は、日々を自堕落に浪費し、他人にさほど興味もなく過ごしていた。


 それがなぜか、この神楽坂の前では違っていた。突き動かされるように、後先考えずにグイグイと詰めていった。


 不思議だった。偶然出会い、奇妙な境遇を知ったばかりとは思えなかった。


 自分の中に隠れた資質を引っ張り出してきた神楽坂は、いったい何者なのか。それもまた、知っていきたい。これは俺の願いに過ぎないので、心に秘めておく。


「じゃあ、いまから私の家でもどうかしら」

「ん? 距離の詰め方バグってないか」

「に、偽だとしても彼氏彼女よ。相手の家にお邪魔するくらい、なんだっていうの」

「いくにしても、家族の人の問題もあるだろう」


 そういえば、月の使者である神楽坂、家庭はどうなっているのか。


「両親ともども海外出張。家にいるのは姉だけ」

「そういうことなら、いくのもありだな。お姉さんが『月の使者』とどんな関係なのか、探る必要もある」

「確かにね。私も知りたいし、羽山くんと情報は共有しておきたい。決まりね」


 きょうは帰らない、と一報入れておいた。親父やお袋はいろいろ察してくれるだろう。妹に後で追及されることだけについては、考えたくなかった。


「念のためいっておくけど」

「ああ」

「これは情報のために羽山くんを家に連れ込むだけであって、いやらしい意味合いは、なんにもないんだからね」

「大丈夫、期待なんてしてない。それに、不安定な神楽坂さんにつけ込んだらクズすぎだろ」

「まともそうで安心したわ」


 こうして、神楽坂の自宅にお邪魔することとなったのだ。

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