ツンデレ偽彼女は期限付き〜利害の一致ではじめた恋なのに、いつの間にか本気になってる〜
まちかぜ レオン
第1話 輝夜姫は月に涙する
夜の学校に忍び込んだのは、忘れたスマホを取りに帰るためだった。
正直、次の日に回収してもよかっただろう。だが、スマホなき生活は、俺には耐えられなかったのだ。見たい動画とアニメがある。理由としては十分。
校舎には、割とすんなり侵入できた。ときおり物音に驚かされつつも、どうにか教室の前にたどり着いた。
誰もいないと踏んで、教室のドアを恐る恐る開く。
「……!」
中には、制服姿の女の子がいた。
教室の窓から外を眺めている。窓が開いていて、長く伸ばした黒髪がたなびいていた。
振り返って、こちらの方を見る。
「あら、羽山くん。こんな時間になんの用?」
「スマホを回収しに来ただけだよ。神楽坂さんこそ、どうして」
「月、見てたの」
噛み締めるように、神楽坂はつぶやいた。
目の前の少女、
長く伸ばした黒髪と、不機嫌そうなジト目がチャームポイントの美人さんである。冷たく言い放つ様子が目立つ。そこにツンデレのツンの部分を見出す者もいる。黒髪メガネの陰キャな俺は、神楽坂のことを、名前くらいしか知らない。
「風流だね。いい趣味だと思うよ」
「え、おかしいと思わない? 深夜の教室で月を眺める女の子なんて、変人極まれり、でしょう?」
そこは気にならないかな、と俺は受け流した。
「でもさ、神楽坂さん――」
月の一部を覆っていた雲が流れ、神楽坂の表情がくっきりと見える。
「――泣いてるのは、無視できない」
瞳からこぼれた涙は頬まで流れている。かわいそうとは、思わなかった。現実離れした光景に、心が釘付けになっていた。
「あーあ、変なところ見せちゃった」
ハンカチで涙を拭う。誤魔化すように、おどけていた。
「どうして泣いてたの」
「それ、聞く?」
「ほっとけないんだよ」
神楽坂のことを、どうしてここまで気に掛けるのだろうか。
さしたる交流もない、たまたま顔を合わせただけ関係。
それでも、見せた涙が胸を締め付けてやまず、無視できなかった。
「……感受性豊かだから、って誤魔化しても、許してくれそうにないわね」
「納得はしない、かな」
「なら、本当のことを話してもいいわ。ひとつだけ条件を飲んでもらうけど」
「条件?」
泣いていた理由を尋ねるために、条件を求めてくるとは想定外だった。それほどまでに、神楽坂を苦しめる「なにか」があるのだろうか。
条件があろうと、知りたい欲求を止めることはできなかった。
「いまから話す内容を、疑わないでね」
「もちろん」
ならよかった、と神楽坂は胸を撫で下ろした。それからすぐに、神楽坂はいい出した。
「私、人間じゃないらしいの」
「どういうことなんだ」
意味がわからない。神楽坂は、人間の見た目をしているではないか。
「……第五十一代
月からの使者?
頭が混乱している。俺は夢でも見ているのか? あまりに非現実的すぎる。
「それはつまり……どういうことになるんだ?」
しばらくして、俺は尋ねた。
「地球を監視するため、月から派遣されたらしいの。」
「推量なのは、どうして」
「私が、つい数時間前に役目を悟ったからよ。いまのいままで、すべては隠されていたから」
夜遅くまで学校に残り、課題に励んでいた神楽坂。教師から帰るよう言いつけられた後、帰る支度をしていたという。
その最中、ふと月が気になり、窓の外を眺めたのが直接の鍵となった。
一瞬ですべてを理解した神楽坂は、自分の運命を呪った。あまりに呆然としすぎて、窓の前からほとんど動くことができなかったという。
「ここからが大事なのだけれど」
「ああ」
「月の使者は十八までしか、地球にいられない。誕生日を迎えた夜に、月に戻らないといけないの」
現在、高校二年生の九月。きょうは中秋の名月である。
「神楽坂、誕生日は」
「四月二日。だから、タイムリミットは半年ってところ」
「月に戻ったら、どうなる」
「……ここでの記憶がなくなる。すべて真っ新になって、生きていく、みたい」
つまるところ、「余命半年」と同義ではないか。
地球で過ごした生活を忘れてしまうのなら、死ぬのも同然だ。
「ひどいわよね、月の人たちって。突然、終わりを突きつけるんだから」
神楽坂は震えていた。背負わなければいけない宿命をいきなり前にして、冷静でいられるはずもない。
あまりに現実離れしている。手の込んだ妄想であることを信じたかった。
「羽山くん、まだ信じられないって顔してるわね」
「ああ。疑いたい。事実だとすれば――残酷すぎるじゃないか」
「これが現実なのよ」
こちらに背を向け、神楽坂は天を仰ぐ。
異変が生じた。制服の上から、彼女の両肩に白く透明な翼が生えたのだ。
床から数十センチほど、宙に浮いてみせた。翼がはためき、羽音を立てているのがわかる。
「あぁ……もうわけわかんねぇ……」
ありえない光景を前にして、俺はひとつの答えに辿り着いた。
神楽坂彩月は、ただの人間ではない、と。
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