第270話 弱点

 story teller ~前田先生~


 原田くんは素直に話をしてくれた。桜木先生曰く、私が必死に、しっかりと原田くんと向き合おうとしたからだと言ってくれたが、それは違う。

 桜木先生がいなければ、私は原田くんと向き合おうとしなかったし、原田くんも私と向き合ってくれなかっただろう。全て桜木先生のおかげだ。


 まだ不安や恐怖は残っている。もしかしたらまた前みたいになるのではないかと・・・。


 でも、今回は大丈夫だという、謎の安心感も芽生えてきていて胸に暖かいものを感じる。


 後ろ向きな事はあまり考えず、今はなるべく前向きになろう。自分に言い聞かせるだけでも少しはマシになるだろう。


 ******


 story teller ~原田幸祐~


 2時限目、3時限目とチャイムが鳴り、わるわる教師が自習用のプリントを持ってきては僕の


 この対応は仕方ない。自分でも間違えたことをしていた事は理解しているから。


 そして、4時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、会議室の外が生徒の声で騒がしくなる。


「原田くん。お待たせしました」


 昼休みの喧騒に身を委ねていると、教頭先生と桜木先生、前田先生が入ってくる。

 要件は既にわかっているので、教師が3名入ってきたところで今更緊張もしない。


「校長も交えて話し合いを行った結果、文化祭までは自宅待機ということになりましたのでよろしくお願いします」


「わかりました」


 謹慎や停学ではなく、自宅待機。その対応は僕を責めずにあくまでも守る対象である事を告げる。


 前々から思っていたが、この学校では桜木先生が関わるとすぐに話が進む。それだけ彼が生徒の為に尽力出来る優秀な教師である証拠だろう。


「その間の課題に関しては後日郵送するから、文化祭が終わったあとの登校日までに終わらせてね」


 前田先生が優しい口調で伝えてくるので、はいと短く答える。朝は少し顔色の悪かった担任は、僕から見てもわかるくらいに明るい顔になっている。そして、隣に佇む桜木先生に対しての目線にも気づいている。


 前田先生の気持ちは分かる。桜木先生は同性の僕から見ても魅力的な大人だ。今回の件を通して、異性として意識しだしてもおかしくはない。


 教師という身近にいながら遠いところにいる存在。無意識的にどこか、僕らとは違う生物なのではないかと思ってしまう人たち。そんな桜木先生たちと向き合い、話をし、更には恋愛感情にも気づいてしまい、なんだか安心する自分がいた。


 ******


 story teller ~葛原未来~


('846' 原田は自宅待機になったみたいっすね。無理やりにでも連れ出すっすか?)


('No name' 今は放置でいいわ。もし何もかもを話してたら後から制裁すればいいだけよ)


 昨日の電話の時点でこうなる事は何となく察していた。だからそれには大して驚かないが、気がかりなのは、原田がわたしから太陽くんに向けての伝言を教師や春風月たちに話したか否か。もし話していた場合、わたしと太陽くんの再会を邪魔される可能性がある。


「あなたたちのファンはどう?」


 少し面白くないなとベッドで寝返りをうち、バスローブ姿でソファに座りタバコをふかしている表のバンド仲間である、井裏二郎いうらじろうに問いかけると、フッと片方の口角を上げ、隙間から煙が立ちのぼる。


「いい感じだよ。を見せたら嫉妬してたよ。文化祭をめちゃくちゃにしていいって伝えたら、勝手にファン同士で結託してたしな」


「そうなのね。ガチ恋勢って怖いわね」


「そうか?俺らとしてはありがたい存在だよ。売上には貢献してくれるし、好きな時に好きなだけ抱けるし、困ったらいつでも捨てられるからな」


「ふふっ。クズなのね」


「ははっ。お前に言われたくねぇよ」


 もし井裏とホテルにいるなんて彼のファンにバレたらわたしも刺されたりするのかしら?と考え、後先考えない人は怖いなと思う。それはわたしの弱点の1つだから。

 さすがに命は落としたくないし、1度失われた命は、さすがのおじいちゃんでもどうしようもない。だからそうならない為に八代を離さずに傍に付けている訳だけれども、本音を言えばもっと使いやすい人が欲しい。八代は強いが、加藤との繋がりが濃ゆすぎるのがダメだ。


「・・・・・・稲牙獅子王がいいんだけどなぁ」


 ボソッと呟いた言葉に、井裏がなんか言った?と反応してくるので、なんでもないわと返して寝返りをうって背中を向ける。


 彼にわたしを守らせ、太陽くんと2人で幸せに暮らす。これが理想的だったが、稲牙獅子王は思ったよりも真っ直ぐすぎてなにを言ってもこちら側には来ないだろう。仮に一緒に住んでる内海純奈とかいう女に手を出したとしても、逆鱗に触れるだけになってしまうのは目に見えている。


「結局、


 下手したらわたし自身も危険な目に合うかもしれない。でも、上手く使いこなす事が出来れば、最強の矛と最愛の人が同時に手に入る。


 その為にも文化祭では何がなんでも太陽くんと2人きりで接触しなければならない。


「井裏、頼むわよ?あなたたちのファンが文化祭で暴れれば暴れる程、わたしは動きやすくなるから」


「そればかりはファン任せになるから俺にはどうしようもないな」


 とは言うものの、井裏の声は自信に満ち溢れている。大いに期待していいぞと言うことだろう。


「ガチ恋勢。わたしももっと人数を増やさないとね」


「まだ経験人数増やすつもりか?俺で最後にしとけよ」


「無理ね。体を使わなくても1人は必ず増えるから」


「その四宮太陽って奴が羨ましいぜ。お前みたいな美人に好かれながら、あんなに可愛い彼女持ちとか、ふざけてる」


 勝手に怒ってるわね。太陽くん以外の男ってほんとバカばっかりね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る