第269話 会議室にて。

 story teller ~桜木先生~


 前もって自分と前田先生で用意していた自習用のプリントを持ち、まずは自分に割り振られていた授業が行われる3年生の教室に足を運ぶ。そのクラスの学級委員に1限目は自習にすると伝え、今度は前田先生の担当クラスに向かい、同じようにプリントを渡しながら自習を告げる。


 朝のHRが終わったばかりで、少し騒がしい廊下を歩きながらも、生徒たちの声をかき消す程に心はザワついていた。


「春風、夏木、ちょっといいか?」


 自分が担任を務める2年1組の扉から、中にいる2人に声を掛けると、2人は呼ばれた理由を把握したようで、何も言わずにこっちまで来てくれる。


「今からいけるか?」


「はい、大丈夫です!」


「ワタシも大丈夫」


「よし、ああそうだ、四宮も呼んだ方がいいか?」


 原田は葛原からの伝言を四宮に伝えたと言っていたので念の為確認すると、春風は太陽くんには後で私から話しますから大丈夫ですとの事。春風と四宮はお互いにチラッと目配せをしたのを俺は見逃さなかったが、という部分が関係してるのだろうと判断した。


「松田、すまないが春風と夏木は俺に呼び出されたから無断欠席ではないと、教科担任に伝えておいてくれ」


 1番近い席にいた生徒に言伝を頼み、俺たちは会議室に向かう。その道中、穴原という人物の事を聞かなかったのは、原田と話させてからの方がややこしくならないと思ったからだ。


 会議室につき、一応ノックをしてから扉を開けると、中にいた2人は先程と変わらない姿勢で待っていた。


「お待たせしました」


「「失礼します」」


 中に入り、前田先生の隣に春風と夏木を座らせ、俺は原田の横に腰を下ろす。彼は、この空間で1にも関わらず、顔を上げ、しっかりとした姿勢を保っている。なので、もう話す準備は出来ていると判断し、話を進める。


「原田くん、よろしく頼む」


「わかりました」


 視線は自身の前方に座った3人に向けられたまま揺らぐことなく、真っ直ぐにしっかり届く声量で、さっきと同じ話を春風と夏木に話す。

 対する2人も口を挟まず、相槌すらも首を縦に振るという動きだけで行い、原田の話に耳を傾けている。


 全てを聞き終え、春風と夏木の2人は複雑な表情を浮かべる。


「なるほど。葛原が文化祭に来ると・・・」


「太陽くんを音楽室には行かせられないよね」


「そうだね。文化祭はなるべく四宮の傍に居て、音楽室に行くとしても誰かがついて行かないと」


「春風、夏木。君たちが四宮の傍にいることは反対しない。むしろそうして欲しい。だが、彼が音楽室に向かう時、着いていくのは反対だ」


「でも誰かが着いていかないと、太陽くんは1人で葛原さんと会うことになっちゃいます!それは絶対にダメです!」


 春風は少し声を荒らげ、俺の言葉に反応する。だが、反対とは、あくまでも生徒の誰かが四宮に着いていくことに対してだ。


「いや、四宮は1人にしない。音楽室に行くとしたら、俺が着いていく」


 そう。生徒をこれ以上危険な目に合わせないためには俺が着いていくしかない。

 興奮気味だった春風は、そのままの勢いで椅子から腰を少し浮かせたまま、あれ?と小首を傾げている。


「葛原って人に関しては、話でしか聞いたことはないが、優等生の原田をこんな風にして、四宮が会うことに対して、お前たちがここまで拒絶反応を見せるってだけで危ない人物だという事は理解出来た。だから俺が行く」


 もしかしたら、春風たちは自分たちでどうにかしたいと考え、俺が四宮に着いていくことに反対してくる可能性もあるかと思ったがそんな事はなく、むしろありがたいとでも言うように、それなら安心出来るんじゃない?と女の子同士、顔を見合わせて頷きあっている。


「桜木先生が着いててくれるなら安心出来ます。もし、太陽くんが葛原さんに会うって言ったら、その時はお願いします」


「わかった、任せろ」


 いつもよりも更に強い語尾で言い切ったのは、少しでも安心させる為。これで少しは春風たちの気も晴れるはずだ。


「あとな、葛原って人の伝言にも出てきたが、春風たちは穴原っていうのは誰か知っているか?いや、原田からその名前が出てきた事に反応がなかったのは知っているからか」


「はい。知ってます。その、穴原みたいにって言葉の意味もなんとなくわかります」


 安堵の表情から一変、恐怖や不安といった感情が感じられる表情を隠さず顔に出す。


 穴原みたいに。


 話の流れからも、この言葉がいい意味ではないと分かっていたが、2人の表情を見るに、想像よりも酷い事なのかもしれない。


「どういう意味か聞いてもいいか?」


 そう問いかけ、春風が口を開いてから俺は耳を塞ぎたくなった。


 穴原は葛原の手先に暴行され入院しているらしい。という事は、の意味は、春風たちも同じように入院させてやるぞ。という事だろう。


 そして、その穴原を暴行した相手が、八代という男子高校生だと言う。


「八代明文と名乗ってたみたいですが、1年生の内海純奈ちゃんって子が、その明文さんと接触したんですけど、どうやら別人だったみたいで、今はその弟さんが怪しいんじゃないかって話になってます」


 内海純奈。乱橋をいじめていた女子生徒で今は春風たちと仲がいいのは校内で目撃したり、話を聞いたりして知っていたが、まさか彼女がそんな危険な事をしていたとは。根がいい子なんだと、俺の中での彼女の評価は上がっていたが、四宮たちの為にそこまでするとは思わなかった。いや、正確には乱橋の為・・・か?どちらにせよ、危ない事はするなと注意しなければならないな。

 でもまずは・・・。


「その明文という人物の弟というのは?」


 八代という名前を聞いてなんとなく嫌な予感がしていた。俺が担任をしている2年1組にも八代がいる。そして、下の名前は武文。どうしても偶然とは思えない。


「それは、私たちと同じクラスの八代武文くんです」


 やっぱりか。


 だけど、俺が見てきた八代はそんな事をするような生徒には見えない。

 もちろん、これまでにも学校内と外とで姿が違う生徒はたくさんいた。だからあの八代がそんな事はしないとも言い切ることは出来ない。でも、自分の受け持った生徒ではないとも思いたい。

 そんな複雑な感情が心で巡回し、それが表情に出てしまう。


「先生?」


 目の前の4人が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。前田先生は教師だからまだいいが、他3人は生徒だ。せっかく安心してくれたばかりなのに、不安にさせる訳にはいかない。


「そうか。うちのクラスの八代が・・・。もし八代がそういう事をしていたとして、素直に話すとは思えないが俺から事情を聞いてみよう」


「待ってください!」


 お願いしますと言われるとばかり思っていた俺は、春風の声に少し驚いてしまう。


「どうした?」


「八代くんの事は私たちに任せてくれませんか?」


「それはダメだ。もし八代が穴原という人を暴行していたとしたら危なすぎる」


「逆です!」


 逆?と思考を巡らせながら、どういう事だ?と問いかける。


「八代くんが穴原さんに手を出していたとして、桜木先生が事情を確認すればそれが葛原さんに伝わって、原田くん含めた私たちにも手を出してくるかもしれません。だから八代くんにはなるべく知られない方がいいと思うんです。なので、文化祭で私たちが八代くんを監視します。なるべく話しかけたり、作業をお願いしたり、同じクラスだから変に思われる事はないはずですし、動きも制限出来ると思うんです。もちろん、うちのクラスの八代くんと穴原さんを襲った八代って人が別人だといいなとは思ってますが・・・」


 最後が弱々しくなったのは、本当はクラスメイトを疑いたくないという春風の優しさからだろう。

 そして、春風の言ったことは、前半は確かにと納得できるが、後半の監視するというのは、もしもがあるかもしれない為危険すぎるので教師としてはOKとは言いづらい。


「ワタシも月と同じ考えです。というか、善夜もですし、涼や秋川、穂乃果と純奈もです」


 自分たちでとっくに決めていた事だったようだ。みんな四宮を思い、自分たちを守り、そしてどうにか解決しようと頑張っていたのだろう。


「・・・わかった。俺も今後は八代を見ておくようにする。文化祭当日もなるべくな。だが、見回りもあるからずっとは難しい。だから、危なくなったらすぐに手を引いて俺に言うんだ。いいな?」


「わかりました!ありがとうございます!」


 きっとダメだと反対しても、春風たちは黙って決行してしまうだろう。俺に隠れてコソコソする可能性もあるし、そうなると、いざと言う時に守れないかもしれない。それならここは否定せず、堂々と俺の目の前でやるだけやらせてそれを見守り、危なくなったら助ける方がいいだろう。


「前田先生も、なにかあればよろしくお願いします」


 先輩教師は今までの流れと短い俺の言葉から考えを読み取ったのか、わかりましたと答えてくれる。あとは、校長や教頭、他の先生方にも協力を仰ぐか。


「よし、他になにか話したい人はいますか?」


 特に無いのか、誰も何も言わずに俺に視線が集まる。


「じゃあ春風と夏木は授業に戻っていいぞ。今した話は四宮と車谷、秋川たちにも共有するんだろ?くれぐれも八代には聞かれないようにな?」


「わかってます!チャットで共有するから大丈夫ですよ!」


「それならいいが、気をつけるように!授業中は携帯触るなよ?」


 暗い話が続いていたので、なるべく明るい口調で冗談混じりに言うと、わかってますよ〜!と笑顔を見せ、2人は会議室を出ていった。


「さて、原田くん。すまないが君はもう少しこのままだ。校長と教頭にも話をして、許可が出たら自宅待機だ。なんでかはわかるな?」


「はい。僕を守るためですよね?」


 利口な原田はちゃんと理解しているようだ。


 最初に原田から話を聞いた時から考えていたが、誰にも言わずにというのはなにも四宮に対してだけの言葉じゃない可能性がある。春風も言っていたように、全てを素直に話した原田にも危害が加わる可能性がある。無理に登校させ、登校中や下校中に襲われる危険性があるのなら、いっそ自宅待機してもらって、親御さんと一緒にいてもらった方が安全だ。


「わかってるならいい。自宅待機になったら家から出るんじゃないぞ?」


 そう釘を刺すと、わかってますよと目を伏せる。

 彼は葛原という人を想い人だと言っていた。恋は、時に人を狂わせる。危ないと分かっていても、好きな人に会いたい気持ちから家を抜け出す事もあるかもしれない。だが、そんな事はないと信じるしか出来ないのが歯がゆいところだ。


※※※


ゆとりです。

いつも読んで頂きありがとうございます!

昨日は投稿時間を大幅に過ぎてしまったので、朝投稿させて頂きました。すみません。


そして、今日も昼から夜にかけて予定があるので、投稿をお休みします。よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る