第268話 前田先生の懇願
story teller ~桜木先生~
「原田くん。君は学校を休んで何をしていたんだ?」
俺と前田先生の前に座り、小さくなっている原田に問いかける。前田先生は、彼を真っ直ぐに見ることが出来ないのか、目を伏せてしまっているが、それは原田も同じ。会議室の中で唯一俺だけが、床を見ることなく、顔を上げている。
教師として、これまでにも何度か生徒との話し合いの場を経験した事はあるが、何度やってもこの空気感には慣れない。
「・・・・・・」
春風たちを疑っているわけではないが、彼女たちの話がどうか嘘であってくれと、心のどこかで願っていたのは事実。しかし、原田が黙りこくっているのは、きっとやましい事があるのだと、嫌でもわかってしまう。
「なぁ原田くん。黙ってたらいつまで経っても終わらないぞ?」
探偵でもなんでもない俺は、会話を誘導なんて出来るはずもなく、何度も何度も同じように問いかけることしか出来ない。
「・・・体調が悪かっただけです」
原田はやっと口を開いたかと思うと、既にバレている嘘を吐く。優秀な生徒だと思っていたばかりに落胆が大きい。
言いたくないなら言わなくてもいいが、全てわかっているぞ。
そんな脅迫とも取れる言葉を口にしようとした時、俺よりも先に声を出したのは前田先生だった。
「原田くん。どうか・・・。どうかお願いします。素直に話してください」
懇願。
本来なら、学校を休んだ生徒から理由を聞き、注意するのが教師。
生徒と対等でありたいが、年齢、立場、在り方、見え方、全てにおいてどうしても生徒よりも上になってしまう、生徒からするとそういう存在。少なくとも今は、嫌でも上に立たなければならない時であるはずの教師が、涙を浮かべながら、震える声で頭を下げている。
「前田先生・・・。原田くん、俺からもお願いする。どうか本当の事を話して欲しい。なにも君を追い詰めたい訳じゃない。傷つけたい訳じゃない。君を、四宮を、この学校の生徒たちを救いたい。守りたいんだ。よろしく頼む」
そんな彼女の行為を見て、俺も同じく頭を下げる。
他の教師からすると、何をしているんだと笑われるかもしれない。でも、俺たちの本音を伝えるにはこれが1番だと思った。
「・・・・・・・・・。ある女性と会っていました」
長い沈黙の後、窓の外から入ってくる木の揺れる音を消し去ったのは原田の声。
「その人は葛原未来さんと言って、僕の大切な人です」
顔を上げ、原田を見ると、真っ直ぐにこちらを見つめ、真剣な表情になっている。
春風たちが言っていた予想は合っていた様だ。
「そう・・・なんだ。その、葛原さんって女性となにをしていたの?」
前田先生は恐る恐るといった様子で原田に問いかける。春風たちからは、彼は利用されているだけじゃないかと予想していると聞いているが。
「愛し合っていました」
その言葉が示す行為は、大人である俺たちには意味が伝わる。しかし、愛し合っていたと言うのは語弊があるだろう。だが、それを否定すると話が脱線してしまうと思い、そうかと短く呟く。
「すまないが、その葛原って女性が四宮の元恋人だと言う事は聞いている。君は、葛原になにかお願いされていないか?」
「・・・・・・お願いなんてされてません。と否定しても無駄なんですよね?」
知っていて敢えて聞いている。それを原田は理解しているようだが、話すことに乗り気ではないように見える。それは話す気がないのか、話せない理由があるのか。
「俺たちは教師だ。さっきも伝えたが、なにがあっても君を守る。だから安心して話して欲しい」
賭けだった。話せない理由があるのだと判断し、そう伝える。そして、それは当たっていたようで、原田は1度床に視線を落とし、数秒後に顔を上げる。
「四宮くんに伝言を伝えました。他のみんなを穴原みたいにされたくなければ、文化祭当日の午後、誰にも言わずに1人で音楽室まで来て。わたしはそこで待ってるから。と」
穴原という、知らない名前が飛び出し、それは誰だ?と聞くも、原田も知らないと首を横に振る。という事は、今彼が言ったことは、一言一句違わず、葛原という人物の伝言なのだろう。
「他のみんなって、春風さんたちの事かしら?」
「そうだと思います。ちなみに、穴原みたいにというのも、どういう意味かはわかりません。あくまでも伝言を伝えて欲しいと言われただけなので」
目を逸らす事なく告げてくるので、原田が嘘を言っていないのだと信じることにする。穴原という人物になにがあったのか、それは春風たちに聞けば分かるかもしれない。
「そうか、わかった。それ以外にもなにかお願いされていないか?」
「今のところはそれだけです」
「・・・嘘は言ってなさそうだな。素直に話してくれてありがとう。今の話を春風たちにも話せるか?」
「えっと・・・」
「君から話せないのなら俺から伝えてもいいが、春風たちは君から聞きたがっている。出来そうか?」
なるべく高圧的にならないよう、優しい口調を心がける。
原田は少し考えたあと、わかりましたと答えてくれた。
「春風さんたちは優しいから大丈夫だと思うけど、私と桜木先生も同席するから安心してね?」
話し合いが始まった時は不安そうにしていた前田先生も、少しは気持ちが楽になったのか先程より表情が明るく見える。
「では、前田先生と原田くんはここで待っていてください。すぐに春風たちを呼んできます」
2人にそう伝えて会議室を出る。
穴原みたいに
この言葉だけは、どうしても俺の胸から離れずに不安を煽ってくる。
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