第266話 今度は一緒に

 story teller ~春風月~


 私と光から話を聞いた桜木先生は、顎に手をやり、ふむ。と考え込む仕草を見せる。


 斉藤さん曰く、原田くんは親に内緒で学校を休んでいるらしいが、休みの連絡は学校に入っているとの事。恐らく、加藤か誰かが親のフリをして学校に連絡をしているのだろう。


 だが、逆に学校側から原田くんの親に連絡を入れれば、原田くんの親御さん、それから桜木先生たちと協力して監視、も出来る。そして、原田くんを捕まえたあとは桜木先生に彼と話す機会を作ってもらおうと私は考えたのだ。


「難しいでしょうか?」


 考え込む姿勢のまま動かない桜木先生に声を掛けると、いや大丈夫だと私の言葉を優しく否定する。


「俺から前田先生に伝えてみる」


「前田って・・・。大丈夫なの?」


 片付けの時や文化祭準備の時の対応を見ているからだろう、光は桜木先生の口から飛び出した名前に顔をしかめる。


「全部を前田先生1人に任せるんじゃなくて、俺も出来ることはする。だから安心してくれ」


「それなら・・・、まぁわかりました」


 私の親友は、まだ納得出来ないのか表情は怪訝そうだが、頷いている。


「先生、本当にありがとうございます!」


「いやいや、むしろ頼ってくれてありがとうな」


 お礼にお礼を重ねられ、逆に今まで頼らなかった事に申し訳なさを感じてしまうが、それを言うと今度は謝罪を重ねられてしまうだろう。なので。


「よろしくお願いします」


 それだけ伝えて、後の事は桜木先生に任せる事にする。


「前田って先生はあんまり信用できないけど、桜木先生がいるなら大丈夫、かな?」


「うん。きっと大丈夫だよ!」


 穂乃果ちゃんのいじめの時にも思ったが、桜木先生は生徒の為にしっかり行動できる教師だ。だから無条件で大丈夫だと言い切れる。


 ******


 story teller ~桜木先生~


 俺のクラスの生徒は凄い。自分が担任として受け持った生徒だからという贔屓目はあるかもしれないが、友だちや恋人の為、お互いの事を思いやって自分たちで考えて行動している。

 もちろん、危ない事をする前に、親や俺に頼れと言いたいが、それでも自分たちで判断して行動に移す、そこは評価したい。


「前田先生、ちょっといいですか?」


 職員室の自席に座り、なにやらパソコンと睨めっこしている女性教師に話しかける。


「いいですよ」


 俺が真剣な面持ちで話しかけたからか、こちらを向いた後すぐに席を立ち、何も言わない俺の後ろを着いてきてくれる。

 2人で会議室に入り、向かい合って座ると、彼女は俺が話し始めるのを黙って待ってくれる。なので、前置きはせず、先程、春風から聞いた話を前田先生にも話す。


「原田くんが・・・。そうですか」


 落ち込んでいるような、考え込んでいるような、目を閉じ、どちらとも取れる表情でふーと息を吐いたかと思うと、今度は椅子の背もたれに体重を預け、宙に向かってため息を吐いている。


「怖いですか?」


 上を向いたまま硬直する彼女に、俺がそう問いかけると、ため息を吐いた口を閉じ、唇を噛むような仕草をする。

 そして、背もたれから離れこちらを1度見てからテーブルに視線を移動させ、両膝に肘を付き頭を抱える。

 その一連の動きから、自分の問は聞くまでもなかった事が伺える。


「・・・・・・そうですね。春風さんや夏木さんの話、それから四宮くんの前の彼女の件が本当だとして、原田くんをその、葛原さん?から引き離すのは怖いです。生徒の色恋に口を出し、それが原因でまたなってしまうのではないかと思うと・・・」


 俺もそうなる可能性を考えなかった訳ではない。しかし、原田は俺の受け持った生徒ではない為、どちらにせよ前田先生に報告する義務はある。だから、彼女の過去を知っていても、それを無視して勝手に行動することは出来ない。それがわかっているから、前田先生も俺に一任するとは言わないのだろう。


「ですよね」


「はい。・・・すみません」


 きっと、俺が想像している以上に、彼女の心は恐怖心に染まっている。その証拠に、頭を抱えている彼女の手は薄く震え、心做しか声もいつもより弱々しい。


「なにがあっても責任は俺が取ります!とまでは言えませんが、にならないよう、全力を尽くします。なので、俺と一緒にもう一度だけ、生徒と向き合ってみませんか?」


 向き合うという言葉が正しいかはわからない。けれども、そう言うのが正しいと思った。もし彼女が無理だと言うのなら、許可を貰い、全て俺一人で行動しようと考えていたが、目の前で小さくなっている先輩教師は、やっと顔を上げ、俺を見上げるように目を合わせてくる。


「一緒に・・・ですか?」


「はい、一緒にです。今回は前田先生独りじゃありません」


 完全に気持ちが切り替わった訳ではなさそうだが、それなら・・・。と言ってくれた。


「ありがとうございます。まずは、原田くんの親御さんに事実確認を取りましょう」


 葛原という人物から原田を引き離す前に、本当に体調不良が続いて休んでいるだけなのかを確認しなければならない。そして、もしそれが嘘だったならば、学校に来ていない事を伝え、1度学校に来させてから原田から話を聞く必要がある。


 四宮や春風、葛原との事を抜きにしても、原田が学校に来ていないという事自体がよろしくないのだから。

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