第265話 話せなかった理由と月の考え

 story teller ~春風月~


「月さん!早く来てください!」


「ちょちょ!ちょっと待ってちょっと待って!」


 玄関を開けて出てきたのは太陽くんでも陽子さんでもなく星羅ちゃんであり、私の顔を見るなり腕を引っ張り家の中に連れ込まれる。


 彼女はそのまま階段を上がり、太陽くんの部屋の前まで私を連れてくると、優しくその扉をノックする。


「お兄ちゃん。月さんが来たよ。開けて?」


 星羅ちゃんの様子と言葉から、太陽くんが自室に籠ったきり出てきていないのだということがわかる。やっぱり原田くんになにか言われたんだ。


「こんばんわ太陽くん。良かったら部屋に入れてくれないかな?」


 星羅ちゃんの呼び掛けに反応がない扉に向かって私も声を投げかける。

 すると、ドアノブがガチャと動き、硬いと思われていた扉が開かれる。


「月?どうしたの?」


 先程よりは幾分か顔色がよく見える。でもそう見えるだけ。彼の放つ負のオーラまでは隠せていない。


「会いたくなって。来ちゃった」


 嘘は言っていない。話がしたいのもあるが、1番は彼の傍に居たかった。公園で抱きしめた時同様、そうしないとダメなのだと感じていた。それに気づかせてくれた純奈ちゃんには感謝だ。


「そう、なんだ。とりあえず入る?」


「うん、ありがとう」


 そう言って太陽くんの部屋に入る直前、星羅ちゃんに服を掴まれる。

 私はニコッと彼女に笑顔を向け、任せてと表情だけで伝える。


「お願いします」


 聞こえるか聞こえないか、星羅ちゃんは小さな声でそう言うと私の服を離し、階段を降りていく。


「そこ座っていいよ」


 太陽くんはベッドを指さし、私に座るよう促してくる。彼は私と向かい合うように椅子を移動させて座ろうとするが、それを止めて自身の隣を叩き、こっちに座って?と伝える。


 隣に太陽くんが座ったことでベッドが2人分の重さで沈み、自分の意思とは無関係に私たちの肩が触れ合う。

 大好きな太陽くんの重さを僅かに感じながら、なにも言わず、こんな時でもその心地良さに身を任せそうになるが、こうしているだけではここに来た意味がないと気持ちを切り替えて、話し始める。


「太陽くん。私になにか隠し事してるよね?」


「またその話?ほんとになんもないんだって」


 帰っている時とは違い、今の彼は雰囲気を変えることなく否定してくる。


「私は太陽くんの彼女だよ?太陽くんの事をずっと見てたから分かるよ。本当はなにか隠してるよね?」


「・・・・・・」


 今度は否定もしない。これは押せば聞き出せるかもしれないと判断し、強気で、でもそれでいて優しく聞くようにする。


「バレバレなんだから嘘つかないで。もしなにか話せない理由があるなら、その理由だけでも教えて?」


 唇を薄く噛み、なにかに迷っているような太陽くんの顔を覗き込むと、彼は1度目を閉じてから顔全体に力を入れて息を吸い込む。


「やっぱり月に隠し事は無理か」


 次に目を開いた太陽くんは私を見て微笑み、表情が柔らかくなる。それを見て、話す気になったのだとわかったので、なにも言わずに太陽くんが話すのを待つことにする。


「ごめんね。実は葛原からの伝言を原田くんから聞いたんだ」


「葛原さんからの伝言?」


 葛原さん関係だろうと予想はしていたのでさほど驚かないが、その内容は気になる。太陽くんが隠そうとした内容だ。


「うん。原田くんから聞いた伝言を月たちに伝えたら、葛原はみんなに危害を加えるつもりなんだ。だから隠してた。本当にごめん」


 なにそれ。


 優しい太陽くんの性格を利用した伝言。そんな風に言われてしまっては、太陽くんは私たちにはなにも言えなくなる。選択肢を与えているようで、実際は太陽くんの行動に制限を掛けているだけだ。


「大丈夫だよ。理由だけでも教えてくれてありがとう」


 そうお礼を伝えながら、ふつふつと沸いてくる怒り。それを隠すことが出来ず、思わず握る手に力が入る。


「月?」


 なんで彼の優しさをこういう風に利用することが出来るのだろうか。彼女だからとか抜きにしても、葛原さんの人の気持ちを利用するやり方は理解出来ない。


「やっぱ怒ってる・・・よね?」


 太陽くんは黙ったまま俯く私の顔を覗き込み、握る手に自分の手を優しく重ねてくれる。


「ううん。あっ、違くて、その・・・。怒ってるけど、それは太陽くんに対してじゃないよ」


 怒りを頑張って押さえ込み、彼を安心させるために笑顔を作る。それでも、ごめんねと謝ってくる太陽くんは、ちゃんと話さなかったことを悔いている様だ。


「それで、伝言の内容ってなんだったの?」


「えっと・・・」


 太陽くんは言い淀む。理由までは話せたが、やはり内容を話すのは気が引けるのだろうか。

 だが、私はここで気づく。


「待って!」


「へぁっ!?」


 急に大声を出した事に驚いたのか、太陽くんが変な声を上げるが、それを無視して気づいたことを話すために続ける。


「伝言の内容を、太陽くんが私たちに話したらダメなんだよね?」


「うん?そうだと思うけど?原田くんはそういうニュアンスで言ってたし」


「それならさ、太陽くんから聞くんじゃなくて、原田くんから聞けばいいんだよ!」


「・・・なるほど!」


 太陽くんも気づいたようだ。


 先程の純奈ちゃんとの電話を終える時、太陽くんが話さなかった時の為に原田くんを捕まえる作戦を立てると言っていた。さっきは私もそれどころじゃなくて思いつかなかったが、そもそも太陽くんから聞かずに原田くんから聞き出せば、葛原さんからの忠告を無視したことにはならない。


「さっき純奈ちゃんが、原田くんを捕まえる作戦を立てるって言ってたの!だから、太陽くんはなにも言わないでいいんだよ!」


「ごめん、そこまで頭が回ってなかった」


「ううん、大丈夫だよ。あんな風に言われたら冷静じゃいられない気持ちもわかるから」


 葛原さんなら、私たちが原田くんから話を聞き出すことすら視野に入れているかもしれない。でも、太陽くんが忠告を無視しなかったとしても、どうせ葛原さんは私たちになにかをしてくる。それなら、聞き出していた方がスッキリするし、必要なら何か対策を立てられるかもしれない。


「ありがとう。でも、どうやって原田くんを捕まえるの?最近学校にも来てないみたいだし」


「ふっふっふっ。それなら私にいい考えがあるよ」


 自分でもわかるくらい悪い笑みを浮かべる。

 考えって?と聞いてくる太陽くんに自分の考えを話し、彼も参加しているグループチャットにメッセージを送る。


 これなら間違いなく原田くんを捕まえられるし、上手く行けばそのまま原田くんを葛原さんから離す事も出来るかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る