第264話 元の場所に戻る為に

 story teller ~春風月~


 結局、太陽くんはなにも話してくれなかった。違う、無理やりにでも聞けば話してくれたかもしれないが、それが出来なかった。だから聞けなかったと言うべきだ。


 本当になにも言われてないのかもと考えてもみたが、太陽くんが何かを隠し、嘘をついているのは誰が見ても明らかだった。


 *


「私が、みんなが傍にいるんだから」


 *


 いつの日か、太陽くんにそんな事を言った。それはあの時の太陽くんに対してだけではなく、今後なにかあれば頼って欲しいという意味も込めていた。しかし、いざ大切な人が何かを抱え込んでる時に力になれない自分が情けなくて嫌になる。


 しつこく聞いて、それでも何もないよと言われるのが嫌だった。頼りにされていないのだと自覚してしまうのが怖かっただけだ。


 今更後悔しても遅いが、なんで逃げてしまったのだろうと自己嫌悪に陥っていると、スマホが着信を知らせてくる。メッセージではなく、電話がかかってくるのは珍しい。


 スマホの画面には純奈ちゃんと表示されていて、私はすぐに通話ボタンを押す。


「もしもし?」


「もしもし春風?四宮からなにか聞けた?」


 その要件なら電話ではなくグループチャットでもいいのでは?と思うが、きっといつまでも連絡が来ない私を心配して電話をかけてきたのだろう。


「なにも聞けなかった。ごめんね」


「なんで謝んの?」


「それは・・・」


 太陽くんの力になれなかった事に対しての負い目から謝ってしまったのだと思う。


って事は、四宮に元気がないように見えたのはあたしたちの気のせいじゃないって事だよね?」


「うん・・・。なにか言われたの?って聞いてみたけど、なんも言われてないよって」


「そうなんだ。ほんとになんも言われてないって事はないよね?」


「たぶんなにか言われたのは確実だと思うよ・・・。様子もおかしかったし」


「様子がおかしかった?」


「うん。・・・急に抱きしめてきて、その・・・・・・大好きだよとか言われちゃった」


 自分で言ってて恥ずかしくなってくる。電話の向こうから、はぁーとため息が聞こえてくる。


「ただの惚気かよ」


「ち、違うよ!惚気じゃないよ!・・・なんて言うか、その時はいつもの太陽くんじゃなかった気がすると言うか。なにも言われてないって嘘をついてるのはわかったし、抱きしめてきた時も何かを決意したように見えたって言うか・・・。それに、泣きそうにもなってたし」


 上手く言えないが、純奈ちゃんにはそれで伝わったようで、茶化すのではなく、なるほどねぇ〜と考え込むような返事が返ってくる。


「それで?四宮が嘘をついてるって春風は気づいてたのにそのままなにも聞かずに帰したの?」


「うん。しつこく聞いて、それでも話してくれなかったらどうしようって思って、なにも聞けなくて逃げちゃった。ごめんね」


 するとまたしても電話の向こうからため息が聞こえてくるが、今度のそれは、先程の惚気に対しての呆れよりももっと深い、心から呆れている様に感じられた。


「あのさ、話を聞いただけのあたしでもなんとなく察したんだけど、たぶん四宮は春風あんたに助けて欲しかったんじゃないかな?」


「どういう事?」


「本気で何かを隠すつもりなら、もっと上手く隠すと思うわけよ。泣きそうになったり、急に抱きしめたり、明らかに嘘ついてる態度を取ったりしないでしょ。そもそも、春風と一緒に帰らずに1人で黙って帰ると思うんだよ。嘘をつくくらいならその方が何倍も楽だし。それをしなかったのは、本当は抱え込んでいるものを吐き出したかったんじゃないの?でもそれが出来ない理由があったからって考えられない?」


 確かに、純奈ちゃんの言う通りかもしれない。


 太陽くんは、楽しい時、嬉しい時、悲しい時、寂しい時、怒ってる時、良くも悪くも感情が表に出やすい人で、隠し事が得意な方じゃない。だから、もし本当に隠す、嘘を貫くのなら私と一緒には帰らないはずだし、下手にいつもとは違う行動は取らないはず。

 隠したい気持ちと、吐き出したい気持ち、その2つがせめぎ合ってのなら理解出来なくもない。

 私はに必死で、そこまで冷静に考えられなかった。


「だから春風。あんたが今すべき事はなんだと思う?」


「うん。太陽くんを助ける・・・だよね。頼って欲しいって伝えて、傍にいる事だよね?ううん、きっとそうだよね!」


「そっ。たぶん四宮にはなにか話せない、嘘をつかないといけない理由がある・・・と思う。もしかしたら、しつこく聞いたとしても四宮はなにも話さないかもしれないけど、それでも、いざとなれば助けてくれる人がいるってだけでも心は楽になるんじゃない?そして、それは誰でもない春風あんたの役目だと思うよ。彼女なんだし?」


「うん。ありがとう!絶対助ける、なにがなんでも力になる。私は太陽くんの彼女だから。誰よりも太陽くんの事が好きだから、大好きだから!」


「それはあたしじゃなくて四宮本人に伝えな?」


 ここにはいない太陽くんに向けた気持ち。大好きだと言って抱きしめてくれた彼氏に対しての想い。それが溢れ出す。純奈ちゃん相手になにを言ってしまったんだと恥ずかしさで体温が上がる。


「すぐに惚気んだから。まぁ、みんなにはあたしから連絡しとく。四宮が話さなかった時に備えて、こっちで原田を捕まえる作戦でも立てとくからさ、あんたはあんまり思い詰めず四宮のところに行きなよ」


 そう言われて、ありがとう!と伝え、電話を切る。


 帰ってきてからまだ着替えてもいないため、制服を着たままだが、そんなのはお構い無しで部屋を飛び出し、靴を履く。


「月?そろそろ夕飯だけどどこか行くの?」


 バタバタと階段を降りた音で、リビングの扉からお母さんが顔を出して来る。


「うん!ちょっと太陽くんに会いに行ってくる!」


「そうなのね」


「うん!行ってきます!」


「はい。いってらっしゃい」


 ただの挨拶。でもいってらっしゃいのその一言の中に、色々な物が詰め込まれているのがわかる。お母さんはたぶん何かを察しているに違いない。母親とは不思議なものだ。


 私は街灯の明かりを頼りに、太陽くんの家に向かって走る。別に家に行きさえすれば太陽くんには会えるのだから歩くでもいい。でも走ることを選んだのは、1。そうしないと太陽くんの力になれないと感じたからだった。

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