第263話 天秤

 story teller ~四宮太陽~


「四宮くん、ちょっといいですか?」


 最近、文化祭準備どころか学校すらも休んでいる原田くんがそう言って俺を呼び出す。


 葛原と繋がっているかもしれない。


 まだ確定ではないが、休みも続いているのでその予想はほぼ当たっているはずだ。しかし、他の生徒もいる前で呼び出しを断ることは出来ないので大人しく原田くんに着いていく。


 彼は特別棟裏のゴミ捨て場まで来てこちらを振り向くと、周りに人が居ないことを確認してからまっすぐに俺を見る。


「伝言があります」


 誰からとは言わないが、その一言で誰からの伝言なのかはなんとなくわかる。


 俺は心の中で身構えながら原田くんをまっすぐに見つめ返す。原田くんはそんな俺の様子を感じ取ったのか、返事をしていないにも関わらず話し始めた。


「他のみんなを穴原みたいにされたくなければ、文化祭当日の午後、誰にも言わずに1人で音楽室まで来て。わたしはそこで待ってるから。との事です」


 その伝言を聞いてドクンと心臓が脈打つ。穴原みたいにされなければ・・・。やっぱり穴原は葛原にやられたのだと、疑いが確信に変わる。


 音楽室を選んだのは、文化祭当日は人気がなく、壁が防音仕様の為、話すのに持ってこいだと判断したからだろう。


「わかった・・・。って伝えて」


 正直に言えば葛原には会いたくない。でも裏を返せば、誰にも言わずに1人で音楽室に行きさえすれば誰も傷つかないとも取れる。葛原がそんな約束を守る保証はないが、行かなければ間違いなく葛原はみんなを傷つけるだろう。だから、選択肢があるようでない。悔しいが、結局は葛原の手のひらの上という事だ。


「じゃあ僕はしっかり伝えましたので」


「ちょっと待って!」


 立ち去ろうとする原田くんを呼び止める。彼はなにか?と振り向き、迷惑そうな顔を向けてくる。


「葛原には関わらない方がいい。今からでもきっと遅くな―――」


「余計なお世話です。僕が誰と一緒にいるかは僕が決めます。正直、四宮くんがあの人と会うのは僕だって反対ですよ。でも、あの人がそれを望むなら、僕はそれに協力するだけです。と少しでも一緒にいる時間を許すだけ感謝して欲しいです。では」


「待って!」


 言いたいことを言い終えたのか、原田くんは俺に背中を向けて歩き出す。それを再度呼び止めるも、無視されてしまった。


 僕の彼女。それはきっと原田くんを利用するための偽りの恋人関係なのかもしれない。そしてそれは、彼もある意味では被害者だという事だ。


 葛原に騙された原田くんも悪い。でも、彼は純粋な気持ちで葛原の事が好きなのだろう。じゃなければ、俺と葛原が会うのが嫌だなんて言わないはず。


 葛原は一体どれだけの人を巻き込んで、一体どれだけの人生を弄べば気が済むのだろうか。


 でも、きっとそれは俺のせいであり、俺が葛原の元に行けば収まる話でもある。


 みんなを傷つけないために葛原の元にと、みんなと一緒にいたいという気持ち、その両方が天秤に乗せられている。

 少し前までならみんなと一緒にいたい気持ちが勝っていただろう。でも今は、均衡を保ってしまっている。


 誰かに話したい、相談したい、葛原のところに行くなと止めて欲しい。この天秤を無理やりにでも傾けて欲しい。

 でも誰にも話せない。


 自分の中で、不安と悔しさ、怒り、苦しみ、様々なマイナスな感情がひしめき合う。


 それを必死に抑え込み、なるべく表情に出さないように、みんなに心配させないようにする。


 ******


 story teller ~春風月~


 私と太陽くんは、斉藤さんから先に帰っていいと言われ、まだ夕日が沈んだばかりで温かみを帯びた道を歩いていた。


 空き教室に戻ってきてからの太陽くんはずっと元気がなかった。それは私以外、空き教室にいた生徒全員が感じ取っていたようで、誰も彼に話しかけようとしなかった。


「原田くんになにか言われたの?」


 学校から少し離れ、意を決して聞いてみるも、太陽くんからの反応はない。もしかしたら聞こえてないだけ?


「太陽くん?」


 名前を呼んでみるも、やはり反応はない。様子が変とかそういうレベルではないような気がする。


「ねぇ!太陽くん!」


 強めに喉を鳴らし、合わせて彼の腕を掴んでその場に引き止める。すると、やっと私の顔を見た太陽くんの目は、今にも泣き出しそうになっている。


「あっごめん・・・なさい。痛かった?」


 思わず謝ってしまうが、太陽くんはううんと首を横に振る。


「大丈夫。俺の方こそごめん。なにか話してた?」


「・・・原田くんになにか言われたの?」


 再度そう問いかけ、太陽くんの潤んだ瞳をしっかりと見つめる。


「なにも言われてないよ。文化祭準備休んでごめんって言われただけだよ」


 彼は一瞬、私から目を逸らし、すぐに目を合わせてくる。なにも言われてない、その言葉は絶対に嘘だ。


「じゃあなんで泣きそうになってるの?」


 敢えて嘘だよねとは言わず、泣き出しそうになっている理由を尋ねる。すると、太陽くんはあれ?と言いながら自分の目を擦り、風で乾燥しちゃったかな?とバレバレの嘘を重ね、あははと笑顔を向けてくる。彼の笑顔は好きだが、今の無理やり作られた笑顔は嫌いだ。


「なんで嘘つくの?」


「なにが?」


「・・・・・・ううん。なんでもない。ちょっと遠回りしていい?」


 やっぱりなにも答えてくれない。なんとなく予想はしてたけど、彼女である私だけなら話してくれるかも?とか少しだけ期待してたから悲しい。


 いつもの帰宅ルートを外れ、帰りにたまに寄るコンビニで飲み物を買ってから近くの公園に入る。遠回りというかこれは最早寄り道だ。でも今は太陽くんを1人にしたくなかった。


 公園の真ん中、小さな滑り台に登り滑ってみる。小さな頃は問題なく遊べたのに、高校生にもなると幅が狭くて上手く滑らない。


「あちゃ〜。太っちゃったかな?」


 太陽くんの嘘に気づかないフリをして、なるべくいつも通りを装う。自分の腰周りを叩き、まだ大丈夫だよね?と問いかけると、彼は私に近づき、腕を伸ばしてくる。


 もしかして触られる!?


 実際、最近は食べる量が増えてしまっているので、それに合わせて体重も少し増えている。なので、手でお腹をガードしようとした。


 しかし、太陽くんは伸ばした腕を私のお腹ではなく脇の下から通し、背中に回すとそのまま抱きしめてくる。


「えっ!?どうしたの!?」


 予想外の太陽くんの行動に驚くと、彼は私の首元に顔をくっつけてくる。少しだけこそばゆい。


「・・・・・・月、好きだよ。大好きだよ」


「急にどうしたの?」


「ううん。言いたくなっただけ」


「そっか。私も大好きだよ」


 私も彼の背中に腕を回し、抱きしめる。


 これまで彼を抱きしめたどんな時よりも強く強く、力の限り抱きしめる。そうじゃないと私の腕の中の太陽くんがいなくなってしまう気がした。


「太陽くん。本当に本当に、ずっとずっと大好き。もし太陽くんが私の事嫌いになっても大好きだよ」


「なにそれ、俺が月を嫌いになるわけないじゃん」


「もしもの話。もし嫌われたら私は太陽くんのストーカーになるね」


「あはは。それは怖いからやめて」


 そんなちょっとした冗談で、やっと太陽くんが笑ってくれる。抱きしめてくれる彼からはまだ暗い空気が漂っているが、それでも少しでも元気になったなら良かった。

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