第255話 退場

story teller ~葛原未来~


 誰かに付けられている。


 八代が探偵らしき人物に制裁を与えてからは、少しの間その気配がなかったのに、今日の朝からまただ。諦めた訳じゃなかったのか。


 付け回されるのはなんとも気分が悪いが、太陽くんの通う学校に赴いたり、原田と一緒にいるところを目撃されなかったのは偶然とはいえ幸いだった。


 計画の為の準備は整った。だが、文化祭までの残りの数日、跡を付けてくる人物に隙を見せないよう、いつも以上に気を張らねばならないのだけが億劫だ。


 それなら相手には早々に退場してもらった方が幾分か気持ちは楽になる。


 そう思い、スマホで八代に連絡を入れる。


 ******


story teller ~神田~


 葛原の学校やそこに通う生徒、果ては教師にも探りを入れてみたが、黒い噂などはなにも出てこない。これは彼女がそれだけでキャラを器用に使い分けている証拠なのだろう。


「ここまで徹底してるとは・・・」


 少しくらいは。と期待していたのに、思うように行かずに弱気になってしまう。


 彼女がどうやって加藤と知り合ったのか。四宮という少年にどうして執着するのか。その辺がわかれば、南さんと米田さんに報告出来るのに。


 これからどう動こうかと思考を巡らせながら、自身の車に戻ろうとしていると、後ろからすみませんと声を掛けられ肩を掴まれる。


「はい?」


 そう返事をしながら振り向くと同時。強い衝撃が僕の顔を撃ち抜き、思わず倒れ込む。そして、そんな地面に寝っ転がった僕の上に相手が腰を下ろし、2度目、3度目と何度も拳を振り下ろしてくる。


 葛原にバレないよう、人気の少ない裏路地を通ったのが間違いだった。

 周りに通行人の気配はなく、助けを求めることも出来ない。


 そして、声を上げることも出来ないまま、ゆっくりと目を閉じた。


 ******


story teller ~八代~


「もしもし。今終わったっす。葛原の予想した通り探偵っすね。名刺持ってたっす。事務所に乗り込みましょうか?」


(そんな事しちゃったら、八代あなた本当に逮捕されるわよ?それはわたしも困るし、そこまではしなくていいわ。ありがとう)


「了解っす。一応他にもいるかもしれないんで、警戒しといてくださいね。じゃあまた」


 ピッ。


「これ死んでねぇよな?まぁ死んじゃっててもいいけど」


 ******


story teller ~米田光明~


 来海ちゃんは今日も不機嫌である。


 理由はわかる。文化祭に行けないからだ。


 俺からも南さんにしつこくお願いしてはいるものの、やはりと言うか、南さんは絶対に首を縦には振らない。


「南さん、このままだとずっとこの調子ですよ?」


「それは困るけど、許可は出せないわよ」


 まだ来海ちゃんが仕事をしっかりとこなしてくれているからいいが、そのうち仕事すら放り出してしまってもおかしくはない。


「来海ちゃん、そろそろ―――」


 南さんが指示を出し切る前に、来海ちゃんは黙って席を立つ。会話すらしたくないという、来海ちゃんのささやかな抵抗だろうか。


「っ―――」


 南さんも一瞬何かを言いそうになるが、ここは大人。収録前なのでぶつかる事を回避するように押し黙る。


「よろしくお願いします!」


 先程までの不機嫌さはなりを潜め、来海ちゃんは元気よくスタッフさんに挨拶をしてカメラの前に立つ。


 ある新作ドリンクのCM撮影という事で、渡された商品を手に取り笑顔を振りまく。その姿は中学生の来海ちゃんではなく、誰もが知っているアイドルとしての雷門来海であり、改めて彼女がプロなんだと実感する。


「南さん、来海ちゃんはあんなに頑張ってるんだから少しくらいわがまま聞いてあげてもよくないですか?」


「頑張ってるのは認めるし、わがままも聞いてあげたいわ。でも危険かもしれない場所には行かせられない」


「どうしても?」


「どうしても。・・・米田くんもしつこいわよ。あなたもどちらかと言うと大人なんだから私の気持ちもわかるでしょ?」


「わかりますよ。でも、来海ちゃんは中学生の女の子でもあるんです。これで来海ちゃんが引退するわけじゃないですし、これから先、彼女が仕事を頑張る為にも、少しくらい友だちと遊ぶ時間を作ってあげてもいいんじゃないですか?俺も、俺の友だちも来海ちゃんに付きっきりでいると約束しますし」


 南さんは少しだけ気を緩めたような表情を見せるが、それもほんの一瞬。すぐに厳しい表情に逆に戻り。


「ダメよ。仮に付きっきりでいたとして、それを来海ちゃんのファンに見られたりしたらどうするの?バンドマンの次はマネージャー補佐と熱愛!なんて報道されたらどうするのよ」


「それは・・・」


 確かに困ると思い何も言えなくなる。その可能性は考えてなかった。


 これはダメそうだと俺は1人で諦めムードに入りながら、新作のドリンクを美味しそうに飲む来海ちゃんを見つめる。


 そして、スマホに届いていていた神田さんからのメッセージと、それに添付された情報に気づくのはCM撮影が休憩に入った時だった。

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