第247話 来海のわがまま

story teller ~米田光明~


「どうしてもダメですか?」


「ダメ。危なすぎる。それに、その日は仕事入ってるでしょ」


「でもでも!歌音さ・・・、GYKさんも誘っちゃったのに!仕事だって午後からじゃないですか!午前中だけなら大丈夫でしょ?」


「間に合わなかったらどうするの?しかもGYKさんって沖縄に住んでるじゃない!無理に呼んだんじゃないでしょうね?」


 秋川たちの学校で行われる文化祭。それにどうしても行きたい来海ちゃんと、どうしても行かせたくない南さんの、両者1歩も譲らない戦いが始まっていた。


 神田社長にお願いしていた加藤と葛原の件。神田社長の部下が暴行された事を聞いて、南さんはどうしても行かせたくないらしい。


 俺がついて行くと言ってもみたが、それでも許可を出してくれなかった。南さんの意思は固いようだ。


「もういい!帰る!」


「ちょっと来海!」


 来海ちゃんは南さんの静止も聞かずに怒って事務所を出ていってしまった。この後は特に仕事は入っていないで帰る分には問題ないが、まだ迎えも来ていないはずだし1人で帰す訳にはいかない。


「ああもう!まだ仕事残ってるのに!」


「南さん!来海ちゃんは俺が送るので、南さんは仕事続けててください」


「でも・・・。うん、じゃあお願いしてもいい?」


「はい。それじゃあお疲れ様でした」


 南さんのお疲れ様と言う声を背に受けながら来海ちゃんを追って事務所を出る。

 遠くまで行ってなければいいがと思ったが、来海ちゃんは事務所を出てすぐの角で小さく蹲っていた。


「近くにいて良かった。迎えが来るまでここで待つ?それとも事務所に戻る?」


 戻るとは言わないだろうが一応確認してみる。予想通り、来海ちゃんはふるふると首を横に振り拒否してくるので、一緒になってしゃがみこむ。


「そんなに文化祭に行きたいの?」


 普段は聞き分けのいい来海ちゃんが、あそこまで意地になって言うことを聞かないのは珍しい。きっとなにか理由があるのかもしれない。


「・・・・・・私、学校の行事って参加した事ないんです。もちろん、この仕事は自分で選んだ仕事なのでそれを後悔した事はありません。それに、友だちと呼べるような人も居なかったので。でも今はお兄、太陽さんや星羅ちゃん、優希くんたちがいます。だから、ちょっとでもみんなと過ごせたらいいなって思って」


 そう言って膝に顔を埋めてしまう。なるほど、そういう理由で頑なに譲らなかったのか。


「南さんの言ってることも理解出来てます。危ないかもしれないのも分かってます。それでも行きたい」


 その声は、寂しさを含みながらも、周りの人たちの声や足音、車の排気音の中でもかき消される事のない強い意志が篭っていた。それほどに自分のわがままを通したいと言うそんな意志。


 有名人で、大人に混ざって生活する時間の方が長くとも、彼女もまだ中学生、15歳の女の子なのだ。普段がいい子すぎるだけで、わがままの1つや2つも言いたくなる年齢だ。


「おっけい。じゃあ南さんには俺からもしつこくお願いしてみるよ。架流や堅治たちにもお願いして、来海ちゃんの安全は最優先にすれば、もしかしたら南さんも許可してくれるかもしれないし?」


 それ以外の問題もある。来海ちゃんは有名人だから、文化祭で正体がバレてしまえば騒ぎになるかもしれない。だから行くとしたらちゃんと正体を隠さなければならない。そんな状態で、ちゃんと文化祭を楽しめるかどうかわからないが、目の前の1人の女の子のわがままを叶えるために頑張りたくなったのだ。


 ******


story teller ~仲村渠歌音~


「飛行機の予約完了っと。・・・ホテルはどこがいいかなぁ。やっぱり来海さんの家の近く?それとも文化祭会場の近くかな。迷うなぁ」


 来海さんから、文化祭に行きませんか?と誘われて、二つ返事でOKを出し、すぐに準備に取り掛かる。誘われた文化祭まではまだまだ日があると言うのに、楽しみすぎて待ちきれない。


 久しぶりに出来た友だち?に会うのも楽しみだし、更には来海さんの友だちも紹介してくれると言うのも嬉しいが、もしかしたら米田さんにまた会えるかもしれないと言う別の楽しみもある。


「そういえば、ちょっとは女の子らしい格好した方がいいかな。でもなぁ・・・。歌音に可愛い服って・・・」


 もし米田さんに会えるなら、可愛いと思って欲しい。けど普段は男性ものの服を着ることが多く、可愛い服なんて持っていない。それに自分には似合わないのではないだろうかという不安もある。


「どうしよう。まだ時間はあるし、買うだけ買って、似合わなければフリマサイトで売る?」


 誰もいない部屋で独り言を繰り返す。それほどまでにテンションが上がり、ワクワクしている。


 久しぶりの友だち?のとお出かけ、しかも県外。そして、恋かもしれない感情とその相手と会えるかもしれないという期待。


 その全てが楽しみで、いつもなら配信が終わって、退屈に過ごすこの時間も、なんだかとても暖かな時間になっていた。

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