第240話 純奈の相談と獅子王の相談

story teller ~内海純奈~


稲牙あんたのせいで全然上手くいかなかったじゃない」


 稲牙をそう責めるが、本当は彼のせいじゃない事はわかっている。それでも責めるのは照れ隠しだ。


 公園を出てからは特に行く場所がある訳でもないので、穂乃果のバイト先に向かっていた。今の状況で家に帰ってしまうと、稲牙を意識してしまって、おばあちゃんの前で変な態度になってしまいそうだ。


「なぁ。また八代あいつと会うのか?」


 今まで黙っていた稲牙は急に立ち止まり、ふとそんな事を聞いてくる。あたしが振り向いて彼の表情を見ると、唇を噛み、なにかに耐えている様だった。


「まぁまだ聞けてないことも色々あるし、それに今度って言っちゃったしね」


「・・・・・・おれ様の勘だけど、あいつは葛原とは関係ないと思う。・・・たぶん」


 たぶんと最後に付け加えたのは自信はないからだと思う。


「あたしもそんな気はする。でも双子の弟の事とか、まだ聞きたいことはあるんだよ」


「それなら!!!・・・太陽とか春風さんに聞けばよくないか?八代あいつも太陽たちと同じ2年なんだろ?なら太陽たちでもあいつの弟の事わかるんじゃないか?」


「四宮には聞けないでしょ。内緒で八代と会ったんだから」


 春風になら確かに確認することはできるし、春風あの人ならあたしたちに変わって探りを入れてくれるかもしれない。でもそれで春風が危ない目にあったら?そうなったら四宮に黙って行動している意味がなくなってしまう。


「春風には動いて欲しくないね。聞くとしたら、夏木か車谷、もしくは秋川か冬草だね」


「誰でもいいよ!とりあえず純奈はもう八代あいつに会っちゃダメだ!」


「なんでそんなに・・・」


 会って欲しくないの?と続けようとして、言葉を引っ込めてしまう。


 稲牙の表情は必死で、本気で、全力で、懇願するように、険しくも泣きそうな、色々な感情の混じった様な形容し難いものだった。


 彼のそんな表情は初めてで、それに圧倒されたあたしはなにも言えない。


 本当は気づいている。恐らく稲牙はあたしの事が好きなのだ。友人としてではなく、女性として。

 でもその気持ちを素直に口にしないのは、自分でもその気持ちに戸惑っているのかもしれない。


 だからあたしからも何も言えないし、勝手に察して応える事も出来ない。


「とりあえず行こう?会うか会わないかはみんなに話してから決めても遅くはないんだし」


「・・・うん。なんかごめん」


 それ以上会話をすることもなく、沈んだ太陽の代わりに道を照らす街灯を頼りに、カフェを目指した。


 ******


story teller ~四宮太陽~


「あの2人ってなにかあったんでしょうか?」


 ヒソヒソ声で俺にだけ聞こえるように話しかけてくる乱橋さんの視線は、店の奥の席に座った獅子王くんと内海さんに向けられている。


「さぁ。でも喧嘩したって感じじゃないよね?」


 お互いに黙ったままの2人だが、その間に流れる空気は、ピリピリしたものではなく、どちらかと言うと柔らかいものに感じる。

 それなのに一言も話さないのはなぜだろうか。


「うひゃー。無理無理。無理です。さすがの真昼自分もあの空気は苦手かもです」


 獅子王くんと内海さんに、自己紹介がてら水を持っていくと言い出した真昼ちゃんは、戻ってくるなり俺と乱橋さんのヒソヒソ会議に加わる。


「喧嘩とかなら適当な話題を振って和やかな空気に変えちゃえって思ってたんですが、なんか無性に邪魔者扱いされてる気がします」


 真昼ちゃんの言うように、柔らかい雰囲気ではあるものの、なぜか近づき難く感じる。


「なんとも言えない雰囲気だよね。なんだろう、カップルの痴話喧嘩じゃないけど、それに近しいものを感じるというか・・・」


「あっ!!もしかして、どちらかが告ったとか?それでどっちかが振ったとか?」


「「えっ!?」」


 真昼ちゃんの言葉に、俺と乱橋さんは思わず大きな声を上げてしまう。


「しっーー。大声はダメですよ。他のお客様がいないとはいえ、楓さんがビックリして起きちゃいます」


「ごめん」


「すみません」


 そう言われて事務所の扉を確認するが、店長が出てくる気配はないので安堵する。


 店長が1度体調を崩してからというもの、俺たち高校生組が出勤してきてからの少しの時間は事務所で寝かせてあげることにしていた。

 最近は、朝に九十九、夕方は俺か乱橋さんか真昼ちゃんが居るので、店長がお店に1人きりになる事はほとんどない。なのでゆっくり休ませてあげることが出来るようになっていた。


 コーヒーの注文が入った時は起こさなければいけないが、知り合い以外のお客様が来ることはほとんどないのがである。


 ヒソヒソと3人で話をしていると、獅子王くんがお手洗いに行くため席を立つ。

 トイレのドアが閉まるのを確認してから、内海さんがカウンターに近づいてくる。


「ねぇ穂乃果。今日ってバイト後時間ある?」


「ありますが・・・。どうかしましたか?」


「ちょっと聞いて欲しい話・・・というか、相談があるんだけど・・・」


 乱橋さんはチラッと俺を見てくる。恐らく、帰りは別になるがいいか?と確認してきている。

 俺がいいよと答える代わりに頷くと、彼女は内海さんに対して、わかりましたと返事をする。


わざわざ乱橋さんにだけ相談って、あれ?もしかして真昼ちゃんの予想が当たった・・・?


 内海さんが席に戻ると同時にトイレが開き、獅子王くんが出てきたかと思うと、そのまま席には座らずにカウンターまでやって来て、出てきてくれと言うように、ちょいちょいと手で伝えてくる。


「なに?」


「今日ってバイト後時間ある?相談したいことがあるんだけどさ」


「時間はあるけど、月が迎えに来るから、月も一緒でもいい?」


 なんだこれ。なんで内海さんも獅子王くんも相談したいことがあるんだ。もしかして、本当に真昼ちゃんの予想した通りなのか?もしくは正門でのよろしくお願いしますと言う乱橋さんの言葉と関係あるのか?


「春風さんも一緒でもいい。というか居てくれたらちょっと助かるかも」


「どういう事?」


「いや、なんていうか、相談内容的に女性の意見も聞きたいというか・・・」


 どんな内容かわからないが、月がいても構わないと言うのなら断る理由もない。益々、真昼ちゃんの予想が当たってる気がしてきたぞ。


いいよと伝えると、獅子王くんはありがとうと行って席に戻っていく。


 ん?ちょっと待って。って事はあの2人最後まで店内に居るってことだよね?めちゃくちゃ気まずいんだけど・・・。

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