第237話 明文サイド

story teller ~八代明文~


 朝のHR前の時間はもう少しうるさいものではないのかと、話し声の代わりに紙をめくる音や、シャーペンが文字を書き記す音を聞いて常々そう思う。


 ぼくの通うこの学校は、この辺りでも有名な進学校だ。だからか、クラスのどこを見渡しても、みんな机と向き合って、背中を丸めて教科書を読んだり、問題集を解いたりしている。


 その光景は既に見慣れているが、それでももう少し高校生らしく友だちと話したりしたいものだと個人的には思う。


 そんな勉学に励まなければならないという空気感をぶち壊すように、1人の男子生徒が教室の扉を勢いよく開いて入ってくる。


 バンッ!


「おはよう諸君!今日もお早い登校ですね!」


 教室中に声が響き、みんなの視線がその男子生徒に集まる。


「御手洗くんおはよう」

「おはようございます。朝からうるさいですよ」

「おはよ。急に大声だすからびっくりしたよ」


 クラス中からおはようコール。うるさいだの静かに入ってこいだのと文句を言っている人もいるが、その表情からは怒りは一切感じられない。それどころか笑顔すら浮かべているので、入ってきた男子生徒がこのクラスで好かれている事が1発でわかる。


 その生徒の名前は御手洗静寬みたらいせいかん

 静という文字が名前に入っているが、声はデカく、静とは無縁のうるさい生徒。更に誰にでもフレンドリーで、基本的には人との距離感がバグっているのだが、相手が本気で嫌がっている時はそれを察してちゃんと距離を空ける事のできる人。そして、ぼくの友人の1人でもある。

 そんな彼は、この学校で嫌われるどころか、むしろみんなから好かれている。


「おはよ明文。げぇ、お前も勉強してんの?」


「おはよう。静寬と違って予習も復習もしないといい点取れないからね」


「俺だって予習復習くらいするわ!こんな毎日はやんないけど」


 この静寬という男。勉強、スポーツ、芸術、その他諸々の事をそつなくこなす事が出来るという誰もが羨むような天賦の才を持っている。


 だが、本人はその才能を嫌っており、というだけ。成長が早いだけで伸び代はない。だからどの分野でもプロになることはできない。と言っていた。それでも少しの努力でなんでも器用に出来るのはとても羨ましい限りだ。


「今日さ、放課後暇?暇だったらカラオケでもいかねぇ?もしくはボーリングかウィンドウショッピング」


「なんで選択肢がたくさんあるんだよ。しかもウィンドウショッピングって・・・。ようは遊べたらなんでもいいって事?」


 そう聞くと、そうそう!俺はお前と遊びたいだけ!と嬉しい事を言ってくれる。選択肢を用意してくれたのはぼくの気分に合わせるよと言う彼の優しさだろう。


「誘ってくれたのは嬉しいけど、今日は遊べないや。ごめん」


「えー!なんでだよ!もしかして親父さんの用事か?」


「いや違うよ。先約は入ってるけど父さんじゃない、別の人」


 そう答えると静寬はなにかを思い出したかのように、もしかして?と聞いてくる。

 それだけで彼がなんの事を聞いてきたのかを理解し、そうだよと返事をしながらスマホでSNSのjunnaという女の子とのDMを見せる。


「今日会うことになったからさ」


「おーやっとか!確かめっちゃ可愛い子だったよな?」


 その一言で、junnaの写真が見たいのだと判断し、過去にDMで送られてきていた数枚の写真から、1番顔が分かりやすい写真を表示して静寬に見せる。

 前にも彼には写真を見せたことはあったが、その時と同様、junnaの写真を見た静寬は目を輝かせている。


「ギャルっぽいけどめちゃくちゃ可愛い子じゃん。いいなぁ、俺もこんな子からDM来ないかなぁ・・・。彼女欲しいなぁ・・・」


「まだそうと決まったわけじゃないから。それに静寬なら彼女くらいすぐ出来るでしょ」


 イケメンという訳では無いが、それでも女友だちの多い静寬ならすぐに彼女を作れそうなものだ。しかし、彼はうーんと唸ったあとぼくの机に無気力に突っ伏す。


「出来ないから困ってるんだよ。・・・なぁ、友だちとしか見れないって言われるのはなんでだと思う?」


 それは恐らく、静寬が特定の女の子を特別扱いせず、誰にでも平等に関わろうとするのがダメなんだろう。しかし、それを言ったところで彼の性格や周りとの関係的に難しいところではあるので、それを理解してくれる女の子じゃないと付き合えないのかもしれないと思い、それを伝える。


「それが出来たら苦労しないよなぁ。理解してくれる女の子かぁ」


「もしくは、静寬が特別扱いしたい女の子と出会うか、じゃない?」


「特別扱いしたい女の子と出会う?」


「うん。今まで出会ってきた女の子の中に、そう思った子がいなかったんじゃないかな?まだ本当の好きって感情を抱く子に出会ってないって言うかさ」


 ぼくの言葉を聞いて、なるほど!と勢いよく姿勢を伸ばす静寬。


「じゃあさじゃあさ、今日お前がjunnaさん?と会うだろ?もしそのまま仲良くなれたり付き合えたりしたらさ、その子の友だちを俺に紹介してくれよ!」


「えっ、なんで?」


「まだ出会ってないなら出会いの数を増やせばいいと思うんだ。どう?いい考えじゃね?」


 まだjunnaさんに会った事すらないぼくには即答はできない。が、友だちの為ならそうしてあげたいとも思う。


 なので、もし仲良くなって、向こうがいいよっていったらね?とだけ伝えておく事にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る