第236話 獅子王の社交辞令?

story teller ~葛原未来~


「あんな不良娘はほっといて行きましょ」


 実の母親の甘えるような猫なで声に気持ち悪さを感じながら、それを無視して隣を通り過ぎる。


 久しぶりに家に帰ってきたと思ったら男連れ、しかもわたしと少ししか年齢も違わないくらいの若い男だ。


「えーどうせなら娘ちゃんも一緒に遊ぼうよ。ねぇ、君名前はなんて言うの?」


 母に腕を引かれた若い男は、母よりも制服姿のわたしに目を奪われているようで話しかけてくるが、男を一瞥することもなく無視を決め込む。


「・・・はぁ。もういいわよ。帰ってちょうだい」


「はぁ?急になに?遊ぼうって誘ってきたのはそっちじゃん」


「いいから帰って!」


 母に怒鳴られたその男は、一瞬ビクッと体を震わせたあと、怒りを顔に貼り付け拳を振り上げる。

 が、さすがにそれはまずいと思ったのか、男は拳を下ろし、荒っぽくリビングの扉を開けて文句を言いながら出ていく。


 バンッ!と玄関の扉が勢いよく閉まる音が聞こえ、その後はなんの音もしなくなる。


 そんな静寂を先に破ったのは母だった。


「あんたのせいでまた男に逃げられたじゃない。いつもは家にいないくせに、なんでこんな時はいるのよ」


「逃げられたって・・・。帰したのはそっちでしょ」


 わたしの反論が気に食わなかったのか、母はワナワナと震えたあと、下の階にも響くのではないかというくらい強めに床を踏みつけながらわたしに近づいてくる。


「なんで未来あんたにばっかり男が寄ってくるのよ!」


「知らないわよ。あなたよりもわたしの方が魅力的なんじゃない?」


「あんたの魅力なんて現役JKってだけでしょ!」


「あなたにはそのJKってブランドすらないじゃん」


 何も言い返すことが出来なくなったのか、それとも馬鹿らしくなったのかはわからないが、母はその後、怒りのままに足音を鳴らして家を出ていく。


 またこのまま数日帰ってこないのかな・・・。


 再度静かになった空間に寂しさを感じる。


 ******


story teller ~内海純奈~


「おはよう純奈」


「おはよ」


 朝起きて部屋から出たあたしは、昨日と同じことは繰り返さず、しっかりと制服に着替えて、手ぐしで髪も整えている。


 昨日の稲牙は、面接に落ちただとか、九十九との面接の練習が疲れただとかで疲れきって脱力していたのに、今は本調子に戻っている。


 稲牙と朝の挨拶を交わし、洗面所で顔を洗ってから居間に戻ると、おばあちゃんが朝食をテーブルに並べていた。


 3人でいただきますと声を揃えて朝食を食べながら、今日の予定を稲牙と話し合う。


「今日は八代と会うんだから面接入れないでよ?」


「分かってるよ。学校終わったら迎えにいこうか?」


「いやいいよ。あんたみたいなのが迎えに来たら余計クラスで浮くじゃん」


 そんなあたしたちのやり取りを聞いていたおばあちゃんは、交互にあたしたちの顔を見たあと、嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「放課後は2人ででぇとかい?」


 違う!と強めに否定しようとしたが、ニコニコ笑顔のおばあちゃんを見て本当の事を言うと心配させてしまうのではないかと思い止まる。


「そうそう。純奈とデートしてくるんだ」


 稲牙もあたしと同じことを思ったのか、おばあちゃんに話を合わせている。


「じゃあおこずかいあげないとね」


 食事の手を止め、おばあちゃんはよいしょと立ち上がると、棚の中から茶封筒を取り出し、更にその中から万札を数枚取り出してくる。


「これで美味しいもの食べて、たくさん遊んでらっしゃい」


「いやいや、今月はちゃんとおこずかい貰ったし、別にいらないよ」


 あたしがそう伝えると、違うわよと否定してくる。


「このお金は獅子王ちゃんによ。でぇとなら男の子がお金を出さないとね?」


「それだと尚更ばあちゃんから貰う訳には―――」


「いいからいいから。あなたたち2人の為なんだから気にしないで」


 おばあちゃんは食い気味にそう言うと、稲牙の手に万札を無理やり握らせる。こうなると、いくら断っても無駄だろう。


 稲牙があたしにアイコンタクトを取ってくるので、首を横に振って諦めろと伝える。


「わかった。ばあちゃんありがとう。バイト始めたらちゃんと返すからな」


「返さなくていいから。少し早い結婚祝いだと思って頂戴な」


「ゲホッ!ちょ、おばあちゃん何言ってるの!?」


 そんなおばあちゃんの言葉に、お味噌汁を飲んでいたあたしはむせてしまう。

 もしかして、あたしと稲牙が付き合ってると思ってる?


「あたしと稲牙はそんなんじゃないよ?ただの友だち!」


「そうなの?2人は恋人だと思っていたわ」


 友だちだと言うのは稲牙を家に連れてきていいか確認した時に伝えていたが、ずっと勘違いしていたのだろうか。


「なわけないでしょ。そもそも稲牙こいつはあたしのタイプじゃないし、付き合うとかありえないから!」


 そう強めに否定すると、おばあちゃんはあたしにじゃなく、稲牙に話しかけ始める。


「純奈ちゃんはああ言ってるけど、獅子王ちゃんはどう思ってるの?」


「ん?おれ様はタイプとかそういうのよく分からないけど、純奈は可愛いと思うぞ?」


「んなっ!?かわ、ちょっと何言ってんの!?」


 面と向かって可愛いなんて言われて、不覚にも照れてしまう。ってか、稲牙の周りには春風や穂乃果といった、あたしよりも何倍も可愛いモテモテ女子がいるのだ。あたしに対しての可愛いなんて絶対社交辞令だ。


「あらあら照れちゃって。純奈ちゃんも獅子王ちゃんを意識してるんじゃない?」


 年齢にそぐわない、ニヤニヤした表情でおばあちゃんはあたしを見てくる。


「もう!おばあちゃん楽しんでるでしょ!稲牙あんたも社交辞令でも可愛いとか言わないでよ!」


 照れを隠すように口調を強くして、一気に朝食を口に流し込む。


 早くこの空間から立ち去りたかったあたしは、食器も片付けず、メイクをすることも忘れて、行ってきます!と2人に伝えて部屋を出る。


 襖が閉まるその直前に、本心なんだけどなぁと聞こえた気がした。

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