第231話 プロとして

story teller ~米田光明~


 頼んでいたドリンクが届き、乾杯をしてからジョッキに入ったウーロン茶を一気に喉に流し込む。

 走ったり、緊張したりで潤いを求めていた喉が癒される。


「あっはっは!いい飲みっぷりですね。もう一杯頼みますか?」


 神田社長は楽しそうに笑いながらも気遣いを忘れない。それに甘えてもう一杯頼むために、フードを運んできた店員さんにそのままウーロン茶を注文する。


 そして、届いたフードに手をつけない俺たちに、僕の事は気にせず食べちゃってくださいと勧めてくる。本当にこの人は気遣いのだ。


「ですが、話があると呼び出したのはこちらですし・・・」


「食事をしながらでも話せます。それにせっかくの暖かい料理が冷めてしまってはもったいないですよ?」


 ここまで言われて遠慮するのは逆に失礼だと思い、南さんと顔を合わせてから、いただきますと声に出しフードを口に運ぶ。


 みんなで食べられるようにと、フライドポテトや唐揚げなど、無難な物を頼んでいて、ぶっちゃけいつでも食べられるようなものばかりだが、こういう場所で食べるとより美味しく感じるのはなぜだろうか。


「美味しいですか?」


 正直、めちゃくちゃにお腹が空いていたので、口いっぱいに広がる油っぽさに小さな幸せを感じ、無意識に頬が緩んでいたのだろう。神田社長はビールのジョッキを傾けながら、柔らかい表情で聞いてくる。


「とっても美味しいです」


「それは良かったです。・・・それで話ですが、北上さんから軽くは聞いてますが、詳しく話を聞かせて貰えますか?」


 素直に感想を伝えると、神田社長は笑顔を向けたあと、真面目な表情になり話を切り出してくる。それでも口調が柔らかいままなのは、彼なりの気遣いといったところだろう。


 この神田社長と北上社長はゴルフ仲間であるらしく、もう結構長い付き合いと聞いている。


 そして、神田社長は探偵事務所を経営しているらしい。とは言っても、神田社長本人は探偵ではなく、あくまでも会社の代表であるだけで、実際の運営は部下に任せているとの事だ。


 俺たちは、今までに起きた事や、加藤という人物についてなど、なるべく詳細に話をしていく。

 その間、神田社長は、本当にお酒が入っているのかと思うほどに、真面目な表情を一切崩すことなくこちらの話に、真剣に耳を傾けてくれていた。


「なるほどですね・・・。ようはその加藤という人の会社を色々と調べて欲しいと?」


「はい。神田社長の経営する探偵事務所が普段相手にしているのは個人だと言うことは重々承知しております。なので、もし割に合わないというのであれば断られても仕方がないと思っています。でも、素人の私たちが探偵の真似事をするよりも、プロに任せた方がいいという話になったのです」


 北上社長にこんな繋がりがあるのなら、最初からその繋がりを頼ればいいだけの話なのかもしれないが、南さんの言うように、普段は個人を相手を専門にしている探偵さんたちだ。北上社長がなるべく頼りたくなかったのは、彼らの迷惑になると思っていたからだろう。


「そうですね。会社相手となると、正直リスクの方が大きいです。僕たちも犯罪者集団ではないので、法律の範囲内でしか動けません。断りたい、と言うのが正直な気持ちです。代表という立場である以上、部下の生活を守るのも僕の仕事です。を部下に指示する訳にはいきませんので、断らなくとも、力になれる部分はだいぶ限られると思います。なので、プロとして情けない話ですが、みなさんが自分たちで調べるのと対して差はないと思います」


 探偵の仕事は全然わからないが、会社を相手取るというのは本来、警察などの仕事なのだろう。それこそ、からの依頼であれば、神田社長も引き受けると思うが、俺たちからの依頼なんてどれだけお金を積まれても気持ちは乗らないはずだ。下手すれば今後の人生を棒に振る可能性すらあるのだから。


 だが、神田社長はここで真面目な表情を辞め、先程と同じく柔らかい笑顔を出す。


「でも、加藤個人と葛原個人の事なら協力出来るかも知れません」


 断られると思っていた俺と南さんは、神田社長の提案に少し反応が遅れる。


「あっはっはっ!鳩が豆鉄砲を食らったようとはお2人

 の今の表情を言うんですかね?」


「すみません、てっきり断られるとばかり思っていたので・・・」


「流れ的にはそうでしたし、それは謝ります、すみません。やっぱりプロとしてはできる限りは協力したいのです。ただ、あまり期待はしないでくださいね?」


 その有難い申し出に、テーブルの上の料理に顔がつくのではないかという勢いで頭を下げる。


 神田さんの頭を上げてくださいという言葉を無視して、俺と南さんは頭を下げ続けた。

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