第230話 待ち合わせていた人

story teller ~仲村渠歌音~


 米田さんはそのまま泊まっているホテルまで連れてきてくれた。

 ホテルの入口で掴んでいた腕を離すと、こちらを向いて頭を下げてくる。


「急に掴んだりしてすみませんでした。痛くなかったですか?」


 心配するように掴んでいた前腕場所を見ているので、大丈夫ですよと着ていた服の袖を捲って見せる。部屋に篭ってばかりいる自分の不健康な程に白い肌は、ついさっきまで掴まれていたのが嘘のようにそのままで、むしろ、ホテルのフロントから漏れた光を吸収して更に白く


「それよりも助けて頂きありがとうございました。困っていたので本当に助かりました」


 助かったと2回続けたのは、語彙力が無さすぎるから。他にい言い回しがあるはずなのに、それが出来ないのが少し恥ずかしい。

 でも米田さんはそんな事は気にしていないようで、優しくはにかんでくれる。


「知り合いが困ってたら助けるのは当たり前ですよ。・・・・・・ってか助けるためとは言え彼女とか言ってしまってすみません!」


 助けた側であるはずなのに、米田さんはここに来てからずっと謝ってばかりだ。

 歌音はそんな事気にしないのに。むしろちょっとキュンとしてたり・・・。


「いいえ。こういうシチュエーション、密かに憧れてたので大丈夫ですよ。それに俺の彼女なんて久しぶりに言われましたし」


 とは言ったが、過去に付き合った男性からそうやって言われた事は1度もない。自分のいない時にはそういう紹介の仕方をしている可能性もあるし、そうであって欲しい。だが、それはあくまでも想像と願望の話。けれども、を含めれば久しぶりと言うのもあながち間違いではない。


 そんな嬉しい気持ちを隠さずにいると、米田さんは頭を掻いて恥ずかしそうにしている。


「憧れてたんですか。あんな漫画みたいな展開中々ないですよねきっと。でもその相手が俺だなんて―――」


「ダメです。助けてくれた人にそんなこと言って欲しくありません」


 きっとその後に続く言葉は、歌音に悪いと続くことだろう。


 流れからそれを何となく察したので、強めに遮ると、彼はわかりましたと短く答える。


「そういえば、米田さんはあそこでなにをしていたんですか?」


 米田さんにはなにか用事があったのではないか?ホテルまで送って貰った挙句、こうして話し込んでしまっては迷惑なのではないか?と思いそう聞くと、彼はそういえば!と思い出したようにスマホをポケットから取り出し、画面を見て焦り出す。


「やばい!南さん、えっと、来海ちゃんのマネージャーを待たせっぱなしなの忘れてました!俺急いで戻らないと!」


「そうなんですか!?引き止めてしまってすみません!歌音はもう大丈夫なので急いで戻ってあげて下さい!」


 すみません!俺はこれで!と走り出す背中を見て、少しの寂しさと胸の痛みを感じる。


 南さんとは来海さんたちの控え室を出る時に軽く挨拶を交わしたので顔は知っている。


 この時間に男女が飲み屋街で2人きり?もしかして付き合ってるのかな?


 2人きりと決まった訳ではないが、それならとは言わないだろうから、恐らく2人きりだと思う。

 それが嫌だと感じて、それを誤魔化すように頭を振る。


 自分がこんなに単純だと思わなかった。


 ******


story teller ~米田光明~


「もう!どこに行ってたの?心配したじゃない」


「すみません・・・」


 コンビニの前で待っていた南さんの表情は、心配していたというよりも安堵の方が大きいように感じる。

 こんな夜の街のど真ん中。コンビニから出てきたら待っていたはずの俺がいないのだ、不安だったのだろう。


 再度すみませんと謝り、目的の場所に向かって歩きながら、いまさっきまでなにをしていたのかを説明する。


「まぁ事情はわかったけど、せめて連絡はいれてね?あなたになにかあったら来海が悲しむんだから」


 南さんの言葉を聞いて、好きなアイドルを不安にさせてしまってはファン失格だと改めて反省する。


 今日何度目かの謝罪の言葉を口にすると、南さんは、分かってくれたならいいのよと言ってくる。これ以上謝るなということだろう。さっきから相手に気を使わせてばっかりだ。


 目的のお店に着き中に入ると、カウンターに座る人物が俺たちを見つけて声をかけてくる。


「南さん!こっちです!」


 いつから待っていたのだろうか。その人は顔が赤くなっており、既に結構な量のお酒を飲んでいるのがわかる。


「神田社長。お待たせしてしまい申し訳ございません」


 南さんが頭を下げるので、俺もそれに倣って同じ動作を行う。


 南さんに神田と呼ばれたその人は、漆黒のような黒髪をセンターから分けていて、細身で高身長。汚れひとつ無いスーツに身を包んでいて、いかにも仕事が出来ますという風貌の、柔らかい雰囲気を身にまとった4〜50代くらいの男性だ。


「あなたが米田さんですか?」


「はい。米田です。遅れてしまい申し訳ございません」


「気にしないでください。僕は神田と言います。よろしくお願いします」


 明らかに年下の俺にも丁寧な口調だ。

 俺は少し緊張しながらも、どうぞと促された席に座る。


「まずはドリンクを選んで下さい」


 そう言ってメニューを渡されるのでソフトドリンクを選択すると、米田さんはお酒を飲まないのですか?と聞いてくる。


「すみません、一応まだ未成年なもので・・・」


「これは失礼しました。南さんはどうします?」


「私も明日がありますのでソフトドリンクにします」


「わかりました。じゃあフードも適当に頼みましょう」


 俺たちがお酒を飲めない事を伝えても機嫌を変えることなく、神田社長は店員さんに注文していく。

 一通り注文が終わると、南さんは神田社長に改めて謝罪する。


「急にお呼び立てした挙句遅れてしまうなんて、本当に申し訳ございません」


「いいんですよ、僕もついさっき来たばかりなので気にしないでください」


 明らかに今来たばかりではないと、俺も南さんも分かっているが、それを突っ込んでも仕方ないのでその優しさに甘えることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る