第229話 仲村渠歌音

story teller ~仲村渠歌音~


 動画投稿を始めた最初の理由はなんとなくだった。


 憧れている人がいるとか、有名になりたいとかではなく、ほんとにただなんとなく。


 高校生の頃の歌音は、至って平凡。友達どぅしも多くもなく少なくもなく、クラスでも目立たない人間。

 人並みに勉学に励み、人並みに人間関係に悩み、人並みに恋もしたし、彼氏いきがもいた。


 3年生になると、周りが進学か就職かで進路を決めていき、歌音もなんとなく進学かなーと考えていたが、大学の願書受付最終日、急にめんどくさくなって願書の提出を辞めた。


 高校卒業後は、宅配ピザ屋さんでフリーターとして働きながら、社員になる為の研修を受けたりもしたが、上司あがやーとの関係が上手くいかず退職。友達どぅしがバイトをしていたコンビニで同じくバイトとして働き始めた。


 その後は特にやりたいことも見つからず、漠然と働いていたのだが、世間では動画投稿が流行っていると聞き、スマホ1台でも始められる事から、友達どぅしと一緒に投稿を始めた。


 最初の頃は、ネタ動画や検証動画などを投稿していたが上手くいかず、その友人どぅしぐぁーも就職のために疎遠に。

 それでも暇つぶしとして投稿を続けているうちに、カバー曲を歌って投稿する人もいる事を知り、歌音も挑戦してみようくらいの軽い気持ちで歌ってみたを投稿。するとそれが凄い勢いで再生され、2日後には100万再生を記録。一気に有名投稿者となった。


 元々は友人どぅしぐぁーと始めたアカウントだったので、名前もグループ名だったが、この頃に今のGYKに変更。

 名前の由来は、付けているベネチアンマスクがゴーヤーをモチーフにしたものだった為、G(ゴー)Y(ヤー)K(仮面)と、そのまんまだ。


 19歳になってからは、実家を出て一人暮らしを始め、動画投稿だけで食べていくことを決意。ライブ配信やショート動画の投稿も始め、その全てが収益化され、なに不自由ない生活を送れている。


 しかし、有名になってから学生時代の友達どぅしや元彼から連絡が来るも、そのどれもが『有名人と友達でいたい』『有名人の彼氏になりたい』などの理由。

 それからは昔の友達どぅしとの関係を全て切り、たった1人ぼっちになってしまった。


 それを苦に思うことはないが、部屋からほとんど出ない生活を送っていると、今のままでいいのだろうかという漠然とした虚無感に襲われた。


 テレビのオファーを受けたのも、もしかしたら同じ悩みを持った人と知り合えるかもしれないという淡い期待からだった。


 同じ悩みといえば、他の投稿者や配信者と繋がればいいと思うかもしれないが、投稿者同士の繋がりは、どうしても自分の登録者数を伸ばす手段や再生数稼ぎのように見えてしまうため、そういった繋がりは持たないようにしてきた。


 そして、番組の収録に参加して、同じ悩みを持った人と出会う事は出来なかったが、雷門来海さんという有名なアイドルとの新しい繋がりが出来た。

 まだ1度しか会ったことがなく、少し話をしてSNSを相互フォローしただけだが、これから仲良くなれるかもしれない。もしかしたら友達どぅしになれたりして・・・。


 ______


 いつの間にか寝てしまっていた。


 開きっぱなしだったSNSを閉じ、暑ぐるしい部屋の冷房をONにする。


 歌番組の収録の為にこの土地を訪れていたが、せっかくなら観光もしたいと思っていたので、収録日の1日前からこの地に降り立ち、2泊3日で計画を立てていた。

 しかし、田舎者の歌音が大都会を1人で歩く事は出来ず、結局はホテルに籠ったまま。気づけば明日の夜には沖縄行きの便に乗らなくてはならない。


 時間はもう夜中の2時を過ぎていたが、それでも沖縄と違って夜中でも空いている店は多いはず!と勇気を出してホテルを出ることにする。


 結果、当たり前だが夜の街は沖縄とさほど変わらなかった。

 空いているのは居酒屋や飲み屋、キャバクラにホストクラブといった、The夜のお店である。

 もちろん22歳の歌音はお酒だって飲める。しかし、こういったお店なら沖縄でも空いているし入ったところで特別感はない。なによりも1人で入るのは怖すぎる。


 仕方がないので、ホテルに引き返そうと思っていた時、横から男の人が話しかけてきた。


1人ですか?良かったらうちのお店で飲みません?」


 所謂いわゆるキャッチというやつだろう。黒服に身を包み、上から下までキッチリと清潔感のある着こなしだが、金髪に強面の顔。

 そういう人たちと絡みのない歌音からすると恐怖の対象でしかない。


「すみません、急いでます」


 緊張のせいでボソボソっとした声になってしまい、歌音の声は周りの騒がしい音にかき消されてしまう。


「あれ?よく見たらお姉さんですか?めちゃくちゃイケメンですね!お姉さんなら個人的にサービスしますよ!」


 断った声が聞こえなかったのか、グイグイと迫ってくる。

 すみません、すみませんと謝る事しか出来ずに身を縮めて体を守るも、料理も美味しいので行きましょう!と無理やりに腕を掴まれてしまう。


 えっ!?怖い!どうしよう!


 体が固まり振りほどくことも出来ない。


「俺の彼女に何か用ですか?」


 そんな声が聞こえたと同時に引っ張られていた腕にかかる力が弱まる。


 顔を上げると、そこには米田さんが立っていた。


「あっお兄さんのお連れさんですか?」


「はい。すみません、俺たち急いでるので。・・・行きましょう


 キャッチの男性に掴まれていた方とは反対側の腕を米田さんが掴み、歌音を引っ張っていく。

 だが、先程のキャッチの男性に引っ張られていた時とは違い、掴む腕にかかる力はとても優しく、恐怖は感じなかった。

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