第224話 九十九の選択

story teller ~四宮太陽~


 バイトが終わり、九十九との待ち合わせ場所であるコンビニの前に着く。

 九十九は既に俺たちを待っていて、俺と月、それから乱橋さんが着いてくる事も予測していたように、コンビニで買ったであろうホット飲料を3つ渡してくる。


「すみません。帰り道が同じなだけなので、聞かれちゃまずい話なら私は先に帰ります」


「いや大丈夫だよ。むしろ穂乃果ちゃんにも聞いて欲しいかも」


 乱橋さんを見て怪訝そうな顔をする訳でもなかった九十九は、彼女を1人で帰すのが心苦しいとかではなく、きっと本心からそう思っているのだろう。

 ということは、九十九の話したい事というのは何となく想像出来る。恐らく、店長か真昼ちゃん、もしくはその両方か。


「それで話ってなんですか?」


 そう九十九に聞きながら、ホット飲料を口に含み、少し肌寒い夜風を誤魔化す。


 いつものヘラヘラした表情を浮かべているが、九十九にしては珍しく、話始めるまでも長く、やっと口を開いたかと思えば、えっとねと歯切れの悪い反応。


 それでも催促せずに待っていると、九十九は決心したかのように真面目な表情になる。


「今後、真昼と楓さんの事をよろしく頼むよ」


 要点をまとめ過ぎてなにが言いたいのかがわからない。なにがどうなって2人をよろしくなんだ?


「あの、どういう事なのですか?」


 困惑の表情で乱橋さんが確認する。月も考え込むように首を捻っているので、この場にいる九十九以外の全員が理解出来ていないようだ。


「俺はもう楓さんとは一緒にいられないんだ」


 乱橋さんの問いかけに答えているつもりなのだろうが、結局言いたい事は俺たちに伝わらないままである。


「もしかして、なにか隠してます?」


 詳しく話さないのはそういう事なのかもしれないと思いそう聞くと、一瞬だけ九十九は俺を見てすぐに俯く。やっぱり隠し事か。


 そんな九十九の反応を見た月と乱橋さんも何かを察したのか、俺を倣って彼が話すのを黙って待つ。九十九はやっと観念したかのように、わかった、ちゃんと話すよと諦めたようなトーンで話し始める。


「俺は楓さんの事が好きになってしまったんだよ・・・」


「えっー!いつからですか!」


 恥ずかしそうにそう言った九十九の言葉に、もう夜だと言うことも忘れて、テンションが上がって大声を出す月。そんな彼女に、しー!と人差し指を立てて注意する。

 月はあっ!という顔をして、周りを気にするようにキョロキョロとしている。

 そんな月と同じように、乱橋さんも表情こそ変わらないが、体の前で両腕をガッツポーズの様に構え、リズムを刻むように震わせているので、いつからそうなのか気になってソワソワしているのだろう。


 確かにそれも気になるっちゃ気になるが、今大切なのはいつからではなく、それがなぜ2人をよろしくという事になるのかだ。


 九十九は月と乱橋さんにそれは置いといてと言ってから、最初の言葉2人をよろしくに繋げるように話し出す。


「俺は葛原と関わってしまってる。だから楓さんとこれ以上深い関係になる訳にはいかない。でも真昼もほっとけない。だから真昼はこのまま楓さんにお願いして、俺は2人の前から消えようと思う」


「俺たちだって葛原と関わってるけど?」


 俺がそう言うと、九十九さんは違うんだと言って首を横に振る。


たちは葛原に巻き込まれてる側だ。でも俺は葛原側なんだよ。だからダメなんだ。真昼も楓さんもこんな俺とは一緒に居ない方がいい。それにこれ以上関わったら、葛原はきっと真昼と楓さんに何かをしてくる」


 そんな事を言う九十九の顔は、苦しそうだ。

 大切な妹と好きな人の傍を離れる。それは九十九にとっても出来れば選びたくない選択のはずだ。

 それでも自分のしてきた事の罪滅ぼし、そしてそんな自分の責任に2人を巻き込まないように、九十九は家族愛と恋心、その両方から身を引くつもりなのだろう。


「それって2人には伝えたの?ちゃんと承諾は得たの?」


 そう聞くが、九十九が2人に話していないのはなんとなくわかる。黙っていなくなるつもりだったのだろう。

 それがわかっていて敢えて聞く。黙ったままの九十九にそのまま続ける。


「もちろん、真昼ちゃんと店長の事を任されるのはいいよ。でもまずは2人に話すことが先じゃない?今まで自分のやってきた事を後悔して2人の前から黙っていなくなるのは逃げじゃないかな?もし後悔して反省してるなら、なにがあっても2人を守るのは九十九あんたの役目じゃない?」


 九十九の選んだ選択も間違いだとは言わない。きっとそれも2人の事を守る1つの手段ではあるはずだ。

 でも、2人を守るのは俺たちじゃなくて九十九の役目だと思った。


 家族星羅よりも月を大切に思ってしまう俺が言えたことではないかもしれない。でも、だからこそ2人を守れる立場なら、2人と近い場所にいる彼には、ちゃんとして欲しいと思ったのかもしれない。


「それに、葛原側だから店長と深い関係になる訳にはいかないってなに?店長が九十九の事をどう思ってるかわからないけど、これから九十九とどうなるかを決めるのは店長にも選択する権利はあると思うよ」


 九十九が店長に全てを話した上で、それからも居候させるのか、それとも追い出すのか、それを決めるのは店長である。

 そして、彼と深い関係になるかどうかは店長次第でもある。


 俺の言葉を最後まで聞いた九十九は、考えを改めたのか、俯かせていた顔を上げ、俺を、俺たちを真っ直ぐに見つめる。


「太陽の言う通りかもしれない。ごめん、全部押し付けて逃げようとしてた」


「俺もごめん。九十九も悩んだはずなのに色々言って」


「いや、ありがとう。ちゃんと言ってくれて助かったよ。・・・まずは2人にちゃんと話さないとね。いなくなる話じゃなくて、今まで俺のしてきた事をね」


 俺の言ったことが正論だと肯定するように、そして決心出来たと言うように、九十九は俺に笑顔を見せてくる。ヘラヘラした軽い笑顔ではなく、恐らく初めて見た九十九の晴れ晴れした笑顔。


「・・・それでさ、改めて話っていうか、お願いがあるんだけどいいかな?」


 そう言った九十九は俺たちに頭を下げてくる。


「もしなにかあったら、その時は助けて欲しい。もちろん、今後は俺も太陽たちに協力すると約束する。だから、真昼と楓さんを守る為に、なにかあった時は手を貸してほしい」


 深く深く頭を下げ続ける九十九に、俺たちはそれぞれ言葉を投げかける。


「もちろん。店長も真昼ちゃんも大切な人たちの中に入ってるから断るわけないじゃん」


「私たちに出来ることならなんでもしますよ!」


「役に立つかわかりませんが、私でよければお手伝いします」


 そこまで聞いて、九十九はやっと顔を上げる。

 その顔は嬉しそうに笑いながら、ホッとしたように表情筋が緩んでいた。

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