第223話 感情の違和感

story teller ~四宮太陽~


 おはようございますと、2日ぶりにバイト先の扉を乱橋さんと共に開く。

 カウンターにはマスクを付けた店長の姿があり、まだ本調子じゃないのかと心配になる。


「おはよう!2人ともごめんね。元気だけが取り柄だと思ってたんだけどな〜」


 あはは〜と笑いながら元気な声で話しかけてくる店長を見て、念の為マスクをしているだけだと理解する。


「元気になって良かったです。これからは無理しないでくださいね?」


 そう声をかけるも、分かってるよ〜と軽く返してくる店長はきっとこれからも無理をしてしまうのだろう。

 今は九十九も真昼ちゃんもいるからいいかもしれないが、1人になった時はどうするつもりなのだろうか。


 俺と乱橋さんは事務所に入り、エプロンを着用してから表に出る。

 出勤時間まではまだ時間があるが、少しでも店長の負担を減らそうと、ここに来るまでの間に2人で話し合ったからだ。


 そんな俺たちの気遣いを察してか、店長も拒否することなく、お願いしますと言って、入れ違いで事務所に入っていく。


「なんだか私たちにももっと出来ることがあったような気がします・・・」


 乱橋さんは薄く開いた事務所の扉に視線を向けながらそう言葉をこぼす。

 もっと店長をサポート出来たのではないかと自分を責めているのだろう。


「せめて休日くらいは朝から出勤出来ないか後で確認してみようか。気にしないでいいって言われそうだけど・・・」


 そう乱橋さんに話しながら、俺は日曜日の事を思い出していた。


 店長が熱を出して休みになった日、本当なら店長の心配をしなければいけなかったはず。

 それなのに、俺はその休みを利用して月と遊んでいた。

 もちろん、店長の事を全く心配していなかったわけではない。それでも、月と遊べる、それで月が喜んでくれているという事への嬉しさの方が勝っていた。


 その時にはなにも思わなかったが、家に帰ってから自分のに気づいた。


 俺の周りにいる人たちの事は大切に思っているし、その気持ちに嘘はない。

 でも、自分の中でを作っている気がする。

 今も、店長のマスク姿を見て心配にはなったが、元気な声を聞いてほっとしたかと言われるとそんな事はなかった気がする。

 そう思うと、そもそも心配したという事も、これからは無理しないでくださいねという自分の言葉ですら、実は心が篭ってないような気がしてならない。


 そして、それは


 実際、乱橋さんの故郷の島での出来事の際、星羅に手を出されそうになった時よりも、月に手を出されそうになった時の方が怒りが湧いた。


 もしかしたら、自分の中の月という存在が、ただ純粋にとても大きな、大切なものになっているだけかもしれないし、高校生という多感な時期だから考えすぎなだけかもしれない。俺だけじゃなく、他の人たちもそうなのかもしれない。


 でももし、本当に月とそれ以外とで壁を作っていたなら、自分の中でを無意識的に決めてしまっていたなら、俺はとても冷たい人だということになる。


 暴力をなんとも思わない俺がいたように、人に対して実は冷たい自分がいるのだとしたらと考えるとゾッとしてしまう。


 まだ今は、そうじゃない!きっと気のせいだ!と自分で否定出来るからいいが、それを1度認めてしまったら今度こそ、俺はみんなと一緒にいられなくなる。いいや、一緒にいてはいけない存在になる。


「大丈夫ですか?もしかして太陽先輩も体調悪いのですか?」


 そんな自己嫌悪に陥っていると、乱橋さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 ごめん、ちょっとボーっとしてたと乱橋さんに返し、床清掃でもしようと箒を手に取って店の奥から順に床を掃いていく。


 もし乱橋さんにこの事を話したらなんて言うだろうか。

 月には怖くて話せないが、乱橋さんになら話せるかもと考えてしまっている時点でダメなのかもしれない。


 を否定する為にも、この話は誰にも話してはいけない。


 そもそもこんな事を考え出すとダメな方にばかり思考が向いてしまうので、気持ちを切り替えるように、一心不乱に床を掃き続ける。


 すると、ポケットのスマホがピコンと音を鳴らす。

 しまった。マナーモードにするのを忘れていたと、ポケットからスマホを取り出し、マナーモードに切り替えながら通知を確認すると、真昼ちゃんから聞いたのか、九十九からメッセージが届いていた。


('朝日' 今日バイトだよね?話したいことがあるんだけど、終わったら時間ある?)


 俺に話したいこと?


 楓さんの家に居候している間は九十九の事は警戒しなくたも大丈夫だとは思うが、改めて話があると言われると、少し身構えてしまう。


 今日も恐らく月が迎えに来てくれると思うので、月もいるかもしれないと伝えておこう。

 もし聞かれたくない話なら別日を指定してくるはず。

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