第222話 休まない理由と取り返しのつかない盛り上がり
story teller ~九十九朝日~
病院から処方された薬のおかげか、楓さんの熱は下がり、この調子なら明日には出勤させても問題なさそうだ。
真昼はまだ学校から帰ってきていないのでこの家には俺と楓さんの2人きり。なるべく意識しないように心がけているが、そんなのは無理は話である。
昨日、楓さんが眠るまで手を繋いで以降、病院に向かう時も、その帰りも、更には家にいる間のほとんどの時間も、楓さんは手を繋いで欲しいと俺にせがんできた。
迷惑ではないし、嫌な気持ちにもならないので断る事はしないが、甘えてくる楓さんには一々ドギマギしてしまう。
今までにも甘えてくる女の子はたくさんいたのに。なんでこの人が相手だとこんなにも嬉しくなったり緊張したりするんだ。
楓さんが女性だからなのか、あるいは俺がこの人の事を・・・。
そこまで考えてブンブンと頭を振る。
彼女に対してそんな気持ちはもってはいけない。
大切な人である事に代わりないが、それは自分たちがお世話になっているからであり、葛原と交流のある俺が、今以上の深い関係になっていい人じゃない。
それに、楓さんは俺の事をそんな風に思っていないはずだ。きっと熱が出てるから精神的に弱っているだけで、甘えられる対象が俺しかいないからだ。
そう考えてしまっている時点で、俺は楓さんの事が好きなのだろう。
なにも言わずに俺たちを受け入れてくれて、俺のする事を純粋に褒めてくれる。
妹である真昼以外に、俺と真っ直ぐに見てくれる人は今までにいなかった。だから俺はこの人の事を好きになってしまった。
「朝日くん、ちょっと痛い」
考え事に夢中になり、繋いでいた手に力が入ってしまっていたようで、楓さんが痛みで目を覚ましてしまった。
「ごめん。手離そうか?」
「ううん、大丈夫。寝ちゃったのに繋いでてくれたんだね。ありがとう」
ほとんどいつもと変わらない笑顔を向けてくる楓さんに思わず見惚れてしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。・・・・・・楓さんさ、四宮と穂乃果ちゃん以外に従業員って雇わないの?」
彼女が熱を出してからずっと疑問だったことを口にする。
他にコーヒーを淹れることが出来る従業員がいれば、楓さんが体調を崩しても問題ないだろうし、体調を崩す前に休める。
俺の疑問に、お店を完全に任せられる人ってなかなか見つからないからねと彼女は答える。
「・・・じゃあ俺は?俺なら任せられる?」
「どういう事?」
「俺が楓さんの代わりに出勤出来るようになればお店を任せてくれるかな?」
特に深く考えて放った言葉ではなかった。ただ、彼女に少しでも休んで欲しいと思って言った言葉。
しかし、楓さんにとっては違ったようで、一瞬にして彼女の顔は赤くなり、待って待って!と前に突き出した手を振る。
「あのね、私の言うお店を任せられる人ってね、ようは私の旦那さんって意味なの!」
一瞬意味がわからなかったが、自分の言った言葉と楓さんの言葉を照らし合わせ、とんでもない事を言ってしまったと慌てる。
お店を任せられるとだけ言われてそこまで考えられるはずもないので仕方ない事であり、後から意味を知ったとはいえ、ある意味プロポーズのような事を言ってしまったのだ。
「そんなつもりじゃなかった!ごめん!」
「ううん!私こそごめんね!私が言葉足らずだったから!」
お互いに謝罪しあい、繋いでいた手を離して目をそらす。
黙ったまま時間が経つのを待ち、落ち着いた頃に別の疑問をぶつけてみる。
「あのさ、なんでお店を任せられる人が旦那さんだけなの?普通に従業員を雇うじゃダメなの?」
「えっとね。あのお店は元々、出ていったお父さんのお店なの」
出ていった?と聞くと、楓さんは、うんと短く答えてから話を続ける。
「私が物心つく前に母親が出ていったらしくて、それからはお父さんが男手ひとつで私を育ててくれたんだ。でも私が成人した日に、お店は楓に譲ります。探さないでくださいって置き手紙があったんだ。もちろん、捜索願いは出したんだけど見つからなかったの」
だから、お父さんが帰ってくるかもしれないと、休むことなくお店を開いていた訳か。
「今でも生きてるって信じてる。もしお父さんが帰ってきた時に、私以外の従業員がいたらびっくりしちゃうでしょ?だから、お父さんが帰ってきた時に安心できるように、せめてお店を任せるなら私の旦那さんだけにしたいなって思ってるんだ」
まぁそんな相手がいないから結局私が1人でお店を見ないといけないんだけどねと言いながら、楓さんは笑顔を見せる。
知らなかったとはいえ、そんな理由があったのに、軽い気持ちで俺に任せられないかと聞いた事を反省する。
******
story teller ~四宮太陽~
「さっそくみんなに話してみたぜ!全員じゃないけど、結構な人数が集まると思う!」
「私と純奈さんのクラスでも朝に担任から話がありました。私のクラスからはあまり集まらないかもしれないです。すみません」
「なんで
堅治のクラスはもちろん、乱橋さんや内海さんのクラスでもさっそく話があったようだ。昨日の今日で話が進んでいるのは、桜木先生がすぐに動いてくれたからだろう。
そして、3人から話を聞くよりも先に、校内でもこの話題を耳にしていた。
自分たちの教室内はもちろんのこと、移動教室や休み時間に教室の外に出ても話をしている生徒を何度も目撃している。
噂によると、手伝いをお願いしていたクラスだけでなく、乱橋さんと内海さんのクラス以外の1年のクラス、果ては3年生まで手伝うと言い出しているらしい。その大半は月や善夜と少しでもお近付きになろうという話も聞いたが・・・。
そして、学校中が盛り上がっているこの話を俺だけが耳にしている訳はなく、計画の立案者である冬草さんの耳にも入っている。
その証拠に、生徒間で異様な程盛り上がってしまっている為か、冬草さんは頭を抱えてしまっている。
「まさか学校中を巻き込むことになるなんて。昨日の自分を止めたい・・・」
いつもの丁寧な話し方すら忘れているのを見るに、相当焦っているのだろう。
しかし、今更無かったことには出来ないため、申し訳ないがその重圧に耐えてもらうしかない。
手伝うって言い出したのはオレだから涼は悪くねぇよと、隣に座る堅治が言っているので、冬草さんのフォローは彼に任せよう。
そして、頭を抱えているのは冬草さんだけではなく、この盛り上がりの原因の一端でもある善夜の彼女である夏木さんも、弁当を食べる手が止まっている。
「なんであんたはこんなにモテるのよ。いや、モテるのは仕方ないんだけど・・・。はぁ」
なんとも言えないその気持ちは俺もわかる。なぜなら俺も月目当てで他クラスから人が集まると聞いて気が気ではない。
手伝いに来てくれるのはありがたいし、月が他の人に
俺と夏木さんは目を合わせて、社交辞令のようにあははと笑い合う。
冬草さん程ではないが、こんな事なら大人しく自分たちだけで片付けをしておけばよかったと少し後悔する。
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