第218話 体調不良の楓さん

story teller ~九十九朝日~


 楓さんの朝は早い。

 あの店で雇っているバイトは、太陽と穂乃果ちゃんの2人だけで、基本的に朝から夕方までは楓さん1人で回している。

 なので楓さんは朝早くから店に行き、掃除をしたり、食材の仕込みをしたりしなければならない。

 そして、それを楓さん1人でこなせるのは、あの店が奇跡的に暇だからだろう。


 それから、店でコーヒーを淹れる事が出来るのは、店長である楓さんのみ。という事は、楓さんが体調を崩せばそれだけで営業が出来なくなってしまうのだ。


 そんな彼女は今まさに、店を開けるために火照った体を引きずってでも出勤しようとしているので、俺と真昼で必死に引き止める。


「楓さん。今日は休もう。熱あるんだからさ」


「ダメダメ。休めないよ。日曜日ってお客様がたくさん来るんだから」


 楓さんはそんな事を言うが、客がたくさん入っているところなんて、日曜日に限らず、他の曜日でも見た事がない。


「そんな頑なに・・・。なんでそんなに休みたくないんですか?」


 真昼の口にした疑問は、俺の疑問でもあった。


 楓さんの経営するカフェは、1年を通して年末年始の数日を除いた全ての日を営業しているらしい。

 それ即ち、彼女には休みが年末年始以外ないということになる。


 楓さんの家に来てまだ数日。

 本人が楽しそうにしているから、休まなくて大丈夫なのかと聞くのは野暮だと思っていたので、聞かないようにしていたのだが。

 今の彼女の様子から、休みが必要ないというよりは、休めない、休みたくないという意志を感じる。


「だって、私が休んだら・・・」


「なに?楓さんが休んだらどうなるの?」


 支える腕から体温が伝わり、どんどんと熱が上がっているのがわかる。

 楓さんの息も少しずつ荒くなり、表情も辛そうだ。


「四宮くんと穂乃果ちゃんの給料が・・・」


「楓さんが熱出してるって知ったら2人も理解してくれるよ。だから休もう?」


 こんな時でも自分より従業員の心配か。優しいを通り越してる。

 だが、それ以外にも理由があったようで、楓さんははぁはぁと荒い呼吸の合間に、ボソボソと何かを呟いている。


「なに?なんて言ったの?」


「お父さんが・・・。帰ってくるかもしれない、から・・・」


 よく分からないが、お父さんとは楓さんの父親の事だろうか?

 彼女の家庭環境のことは聞いたことがないので、父親との間になにがあったかわからないが、そんな事よりも今は楓さんを休ませるのが先だ。


 熱が上がったおかげで彼女の抵抗が弱くなったので、俺は楓さんを抱えて運び、彼女を寝室で寝かせる。


「太陽さんと穂乃果ちゃんには連絡したよ!」


 指示するよりも先に行動してくれた真昼の頭を撫でる。


「ありがとう。・・・日曜日でもやってる診療所とか近くにあるかな」


 ネットで、近くの病院や診療所を調べるが、そのどれもが日曜日は休診とある。

 タイミングが悪すぎる。


「仕方ない。病院は明日行くとして、とりあえずドラッグストアに行ってくる。真昼は楓さんの汗拭いてあげたり、着替え手伝ったりしてあげてて欲しい」


 楓さんと付き合っている訳ではない俺にはそこまでは出来ないので、真昼がいて助かった。

 あの様子だと体を動かすのもしんどいだろうし、真昼1人に任せても大丈夫なはずだ。


 サイフを持って家を飛び出し、近くのドラッグストアを目指す。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 店長大丈夫かな。


 真昼ちゃんから、楓さんが熱を出したから今日はお休みでお願いしますと連絡が来た。

 あの人は休みなく働いているのでそのうち体調を崩すのではないかと思っていたが、案の定だ。やはり疲れが溜まっていたのだろうか。


 最初の連絡以降、真昼ちゃんから返事はなく、既読もついていないので心配になるが、看病で大変なのかもしれない。まぁ九十九も一緒にいるだろうし大丈夫だとは思うが。


 それにしても、あの人はなんであんなに働いているのだろうか。

 自分の給料のため?・・・いや、恐らくそれはないだろう。

 じゃあお店の維持費?・・・たぶんそれも違う。

 それ以外だと、俺たちの給料のため?さすがにそれは自惚れ過ぎだろうか。


 今まであまり気にしない様にしていたが、店長は店長なりに理由があって休んでこなかったはずだ。


 山田ならなにか知ってるだろうかと考えたが、店長に内緒で色々詮索するのはダメだと思い、に支配された思考を変えるため、月にメッセージを送る。


 店長が熱を出している時に申し訳ないが、俺には出来ることがないので、それなら休みを満喫しようと考え、月をデートに誘ってみた。


 すると、すぐに返事が返ってきて、急な誘いにも関わらず、月はデートの誘いを快くOKしてくれた。


 日曜日デートだ!と送られてきた月からのメッセージを見て、文字でのやり取りのはずなのに、彼女の喜びがひしひしと伝わってくる。


 休みになったのは偶然だし、状況的にも不謹慎かもしれないが、月が喜んでくれているのなら誘ってよかったと思う。

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