第217話 各々が意識する事(恋愛的な)
story teller ~内海純奈~
雲ひとつない空に浮かぶ太陽が、ジリジリとあたしの肌を刺激する。もう10月も目前だというのに。これが温暖化の影響か?
汗ばんだTシャツの襟を掴んで体を扇ぎながら、春風にメッセージを送る。
('junna' 稲牙の病室に四宮が来たけどちゃんと報告受けてる?)
春風が家族で出かけるというのはフェイクなのをあたしは知っている。
実際には、今の四宮ならきっと大丈夫だと判断した春風が適当に言い訳を言って彼の1人の時間を作っただけ。
手に持ったスマホがブルっと震え、メッセージの受信を知らせてくる。
('MOON' 私はなにも聞いてないよ?)
春風からの返信を見てやっぱりかと思う。
ポテチを頬張る稲牙に何しに来たのか問われ、食べてからでいいよなんて言うからには恐らく話か何かをしに来ていたのだと思う。
それを察していながら、恥ずかしさから勢いで病室を飛び出してしまった。
「今からまた戻る訳にもいかないしなぁ・・・」
それはさすがに気まずすぎるので、なんの話だったのか明日にでも稲牙に確認しようと思い、スマホでSNSアプリを立ち上げ、DM欄を開く。
八代明文と会う約束こそしているが、未だに日程が決まっていない。
みんなと相談した結果、あたし1人で会いに行くのは危険過ぎるし、春風たち女性組と一緒だとしてもそもそも男性がいないと危ない。だが、大人数で押しかけて相手を刺激してしまうのも論外。となるとあたしともう1人、出来れば稲牙が好ましいという話になっているので、彼の退院待ちの状況である。
退院といえば、稲牙は退院した後、あたしの家に来る予定なのを思い出す。
うちに来なよと言った時はただ友だちを助ける為程度にしか考えていなかったが、今日の事があるので少しだけ後悔する。
あいつが勘違いするような言い回しをしなければ。
稲牙の事は嫌いでは無い。どちらかと言うと好きだ。
でもそれは男性としてではなく、あくまでも友だちとして。
しかし、意味は違えど好きという事に代わりはないので、あたしの勘違いだったとしても、あんな言われ方をしたら嫌でも意識してしまう。
「あぁもう!こんなんであいつと一緒の家に帰るとか無理あるだろ」
とは思うものの、1度誘ってしまったため、今更断ることも出来ない。なによりも一緒に住んでいるおばあちゃんは稲牙が来るのを楽しみにしている。
とりあえず明日はいつも通りにしていようと心に決め、家に向かって歩を進める。
******
story teller ~冬草涼~
今日は花江ちゃんの家ではなく、堅治くんの自宅に来ていた。
私と2人きりではあるが、毎日の日課だからと、彼は床に手をつき、自重トレーニングをしている。
エアコンが起動しているにも関わらず、彼から溢れる熱気で部屋の中が暑くなっているが、それを不快に思わず、むしろ心地いいと感じるのは、大好きな人の部屋で大好きな人と2人きりだからだろうか。
「それにしても、1ヶ月かそこらでここまで変わるものなんですね〜」
堅治くんの腕を眺めながら、そんな感想を口にする。
もちろん、ただがむしゃらに筋トレをしているだけなら、1ヶ月でここまでの変化はなかっただろう。
実際、同じように筋トレをしている車谷くんや優希くんよりも、堅治くんの方がトレーニングの成果が顕著に出ている。
堅治くんは、好きな物を好きに食べていいと米田さんに言われているにも関わらず、ストイックに食事にも気を使っているので、その努力が今の結果に繋がっているのだろう。
私の、恋人だからという贔屓目もあるかもしれないが。
「ふっ。まぁやってみたら、ふっふっ。意外と楽しくてさ、ふー。自主的に回数増やしたりしてるから、な!」
返事を求めていた訳では無いが、堅治くんは息継ぎの合間に言葉を発し、返答してくれる。
これで終わりだ!と言うように、彼は最後の1回を勢いよく終わらせ、床にあぐらをかいて座り込む。
「お疲れ様です」
そう労いの言葉をかけタオルを渡すと、ありがとうと受け取ってくれる。
「せっかく来てくれたのに筋トレばっかしててごめんな。涼とゆっくり過ごすために先に日課から終わらせたくてさ」
私が急に訪問したにも関わらず、そんな気を使ってくれるのは、彼が優しいからだろう。
「ありがとうございます」
私がお礼を伝えると同時、コンコンと部屋の扉がノックされる。
今、この家にいるのは私と堅治くんの他に1人しかいないので、その相手が堅治くんの母親だとわかる。
堅治くんがなに?と答えると扉が開き、予想通り堅治くんの母親が立っていた。
「あんた涼ちゃんが来てるのに筋トレしてたの?」
「先に終わらせようと思って。それでなに?」
「買い物行ってくるから一応声かけようと思って。帰りは遅くなるから、もしなにか食べるなら冷蔵庫にあるもの温めなね?それと、するならちゃんとお風呂入ってからにしなさいよ」
直接的な言葉ではなかったが、するならとはそういう行為の事だろう。
最近はご無沙汰だったので、もしかしたらと少しは期待していたが、堅治くんの母親がいる時点で諦めていた。なので、改めて、しかも彼の母親から言われると、なんだか考えを読まれてしまっているみたいで恥ずかしくなり俯いてしまう。
帰りが遅くなるというのは私たちに気を使ってのことなのだろう。
「あのさ、そういう事言わないでくれるかな?涼はそんなつもりで来たわけじゃないだろうから」
すみません。少し、いや半分はそんなつもりでした。
しっかりとカバンの中にそれを入れてきているので、堅治くんの言葉で余計に恥ずかしさが増す。
「はいはい、すみません。でも誘う時は男のあんたから誘いなさいよ」
そんな私の様子を見て、何かを察した堅治くんの母親は、ニヤニヤしながら最後にそう言って扉を閉める。
気を使ってくれたのだろうけど、それだと私がそんなつもりで来たのだと堅治くんに勘違いされてしまう。
「ったく、あの母親はなにを考えてるんだか・・・。ごめんな涼」
「い、いえ、大丈夫です。相変わらず面白いお母さんですね」
私は自分の考えていたことを悟られないようにそう答える。
「うっし。じゃあオレはササッと風呂入ってくる。あっ!別にそんなつもりじゃないからな?ただ汗かいたし風呂は入らないとと思っただけだから!」
「えっ!?あぁ、はい!大丈夫ですよ!そんなつもりじゃないですよね。そんなつもりじゃ・・・」
堅治くんに悪気がないのはわかっているが、なんとなく拒否られた感じになったので気分が落ちてしまう。
そんな私を見てさすがに気がついたのか、堅治くんは焦って訂正してくる。
「ごめん!涼としたくないとかそういう訳じゃなくてな?したいけど、涼はそんなつもりで来た訳じゃないだろうしって事だから!」
「大丈夫です。わかってますよ」
頑張って笑顔を作るが、それでも引きつっていたのだろう。
堅治くんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、天井と壁の境目を見ながらあーと声を出す。
「その、風呂上がってからもし、そういう雰囲気になったら・・・な?」
ポリポリと頭を掻きながら、恥ずかしそうにそう言ってくる堅治くん。
私も恥ずかしくなり、体温が上がるのを自覚する。
「・・・はい。あの、私も少し汗かいたので、堅治くんの後にシャワー浴びてもいいですか?」
この流れはたぶんする。いや絶対する流れだ。
部屋の熱気と恥ずかしさで汗をかいてしまったので、それなら汗はちゃんと流したい。
「いいよ。じゃあ先に浴びてくるから待ってて」
そう言って、堅治くんはお風呂場に消えていく。
待ってる間に少しでも胸の高鳴りを鎮めなければと思うが、意識すればするほど鼓動が速くなってしまう。
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