第214話 メールアドレス
story teller ~米田光明~
加藤の会社の事を知っていると言っていた女性、
今の時間は朝の6時前。
最近は来海ちゃんについて歩いているものの、やはり早起きには慣れない。
少しひんやりとした空気の中、笹塚さんを待っていると、彼女は待ち合わせの時間ギリギリにやってきた。
「すみません。少し遅れました」
「いえ、待ち合わせは6時なんで遅れてないですよ。俺たちが早く来すぎただけです」
「ありがとうございます。えっと、米田さんお一人では無いんですね」
笹塚さんは俺の隣に立っている人物を見て警戒しているように見えるが、それもそのはずである。
来海ちゃんは身バレ防止の為、パーカーのフードを深く被り、マスクで口元を覆っている。
「初めまして。南と申します」
まずは警戒心を解こうというように、南さんがスっと慣れた手つきで名刺を取り出し笹塚さんに差し出す。
笹塚さんはそれを頂戴しますと受けとり、名刺に目を通してから、明らかに不審者に見える来海ちゃんに視線を戻す。
「ってことは。えっ!?雷門く―――」
「しっーーー!!笹塚さん声声!」
南さんの名刺を見たことで、俺の隣にいる人物が誰なのか察したようで、笹塚さんが驚きの声を上げる。
俺は焦って笹塚さんの口を抑えると、彼女も理解したように俺と目を合わせながらうんうんと頷く。
「ごめんなさい。びっくりしちゃって」
「大丈夫です。急に連れてきた俺も悪いですし。すみません」
「それは構いませんが、どうしてお2人が?」
「実は、この前に聞いた会社の件を2人も探ってたんです。なので出来れば一緒に話を聞かせてもらいたいなと思ったんです。大丈夫ですか?」
笹塚さんは少し悩んだ後、あまり周りには知られたくない話もあるので、他言しないのであればと条件付きで了承してくれた。
「ありがとうございます。・・・どこで話しましょうか」
俺はどこかゆっくり話が出来る場所はないかと探すが、朝のこの時間なので落ち着いて話せそうな場所はまだ開いていない。
すると、笹塚さんは恐る恐るといった様子で場所を提案してくれる。
「じゃあ私の家はどうですか?それなら周りを気にしないで済むので、雷門さんもゆっくり出来ると思いますし」
きっと気を使ってくれたのだろう。
俺たちはそれを断る理由もないので、素直に甘えることにした。
______
駅から約20分ほど歩いた距離にあるアパートの2階。ここが笹塚さんの住む家らしい。
彼女はドアを開け、俺たちを中に招いてくれる。
「すみません。散らかってますが気にしないでください」
そうは言うものの、床に物が散乱していたり、机の上に使ったものが出しっぱなしという訳でもなく、小物は多いが比較的綺麗な方だと思う。
案内されたままカーペットの上に座ると、部屋が少し小さめなので、隣に座った来海ちゃんと肩がぶつかり、一応ファンとしてはなるべく接触しないよう、反対側に座る南さんに体を寄せる。
「私の隣は嫌ですか?」
それに気づいた来海ちゃんがそんな事を言ってくるので、あっいやそういう訳じゃ!と焦りから早口になってしまう。
「さ、早速ですが話いいですか?」
俺は話題を変えるため、冷蔵庫からお茶を取り出し、俺たちの前に並べていく笹塚さんにそう言うと、彼女は少し気まずそうな顔をしながらテーブルを挟んで座り、ゆっくりと話し始める。
「念の為、もう一度あの会社のサイト見せて貰えますか?」
言われるままスマホでサイトを表示し、笹塚さんに手渡すと、笹塚さんはそのサイトをじっくりと眺め、ありがとうございますと俺にスマホを返してくる。
「この会社を知ってるってことで間違いないですか?」
「・・・はい。それで、この会社の何を知りたいのでしょうか?」
「まずこの会社がなんの会社なのか知ってたら教えて欲しいです。いくら調べても出てこなくて」
「えっと、この会社はクレジットカードの現金化を行ってる会社です。ちょっと待ってくださいね」
笹塚さんは自分のスマホをカバンから取り出し操作すると、1つのサイトを俺たちに見せてくる。
「この現金化業者の運営がその会社なんです。恐らく調べても出てこなかったのは、業者と運営の繋がりが分からないようにしているからだと思います」
「なるほど・・・。笹塚さんはなんでこの会社とその業者が繋がってるのを知ってるんですか?」
俺が純粋な疑問を投げかけると、笹塚さんは驚きの言葉を口にした。
「・・・・・・少し前に、その会社相手に裁判を起こそうとしたんです」
「裁判!?」
「はい。裁判起こそうとしたとか人にバレたくないので内緒でお願いしますね?」
笹塚さんが自分の顔の前で人差し指を立て、しーとやってくるので、俺たちは黙って頷く。
テレビ局の倉庫で俺が話しかけた時に、なんで私に聞いたんですか?と聞いてきたり、さっき来海ちゃんたちに話を聞かせる条件として他言しない事と言っていたのはそういう事か。
「最近まで付き合っていた恋人がギャンブル中毒でして、その人が私のクレジットカードを勝手に現金化で使ってたんですよ。最終的には警察と消費者庁に相談して、なんとか返金して貰えましたが」
クレジットカード現金化なんて今まで関わったことがないので詳しくは知らないが、そんな簡単に出来るものなのかと思い更に詳しく聞いていくと、なんでも本人確認写真を撮ったりするらしい。
「本人確認があるなら、元恋人が勝手に使えるはずなくないですか?」
「自分で言うのもなんですが、私ってお願いされたら断れないので、占いに使うと言われて、免許証を持った自撮りを撮らされたんです。それで本人確認が通っちゃったらしいです」
なるほど。そうやって悪用する人もいるのか、と納得するが、南さんは他に引っかかる部分があったらしく、いいですか?と挙手している。
「現金化する時の業者とのやり取りはメールですか?それとも電話ですか?」
「電話だったみたいですが、それがどうかしましたか?」
「いえ、電話なら声で男性だとバレて現金化出来ないのではないかと思ったんですよね」
確かに。南さんの言うように、電話なら本人確認の写真を送るより先に、声で本人じゃないとバレるはずだ。
そう思っていると、笹塚さんは悲しそうな表情を浮かべながらそれについても話し始めた。
「実は、元彼は浮気もしてたんですよね。それで電話のやり取りは全部浮気相手の女性にお願いしていたみたいです」
勝手にクレジットカードを使われた挙句、浮気までされていたなんて可哀想過ぎる。
笹塚さんは当時のことを思い出したのか目に涙を浮かべ、それが今にも溢れだしそうになっている。
「すみません。そんなつもりじゃなくて」
南さんは焦って謝り、笹塚さんは分かってます。大丈夫ですと答えるが、それが強がりだとわかる。
なんだか気まずい空気になってしまい、話を続けていいのかどうか判断に困る。
「私のせいで話が途切れてしまってすみません」
笹塚さんが逆に謝ってくるので余計に気まずさが増すが、彼女は浮かべた涙を手で拭い、逆に質問してくる。
「友だちがこの会社と揉めてるって言ってましたが、もしかしてその友だちもクレジットカードを悪用されたとかですか?」
「いや、そういう訳じゃないんですが・・・」
そこに関しては何も考えていなかった。
素直に話す訳にもいかないが、だからと言っていい誤魔化し方が思い浮かぶ訳でもない。
すると、今まで黙っていた来海ちゃんが口を開いた。
「その友だちって私のことですよ。私と米田さんはアイドルとマネージャー補佐という関係以前に、友だちなんです。それでそこの会社の社長の加藤さんが、私にちょっかいかけてくるんですよ」
さすがは来海ちゃん。こんなすぐに言い訳を思いつくとは。バラエティやトーク番組にも出演しているだけはある。
これなら加藤を調べている理由にもなるし、ここに来海ちゃんたちが来たことにも矛盾は発生しない。なにより見方によっては、アイドルとマネージャー補佐という関係よりも友だちになったのが先だし、嘘も言っていない。
笹塚さんもそうなんですねと言いながら、涙を拭いた際に外していたメガネをかけ直し、俺たちの顔を見て納得したように頷く。
「でも、この会社の事で知ってるのはこれくらいですよ?その加藤さんって社長さんともメールでやり取りしただけですし、その内容も返金するしないの話し合いだけだったので」
「加藤のメールアドレス知ってるんですか!?」
「一応メールの履歴が残ってるので知ってます。教えましょうか?」
「ぜひお願いします!」
申し訳なさそうな表情の笹塚さんだったが、加藤とのやり取りを残しているなんてナイスすぎる。
笹塚さんからメールアドレスを教えてもらいお礼を言う。
小さな一歩かと思っていたが、意外にも大きく前進出来た。
このメールアドレスが今でも使われているとしたら、加藤と接触出来るかもしれない。
とりあえずみんなと相談してからメールを送ることにし、俺のスマホに加藤という新たな連絡先が追加された。
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