第213話 憂鬱な斉藤さんと何も知らない甲斐くん

story teller ~春風月~


「はぁ・・・」


 片付けの途中、休憩を挟むことになったので、斉藤さんとトイレに向かっていたのだが、彼女は憂鬱そうにため息を吐いている。


「どうかしたの?」


「あっ、すみません。1組が羨ましいなと思いまして」


「羨ましい?」


 なにがどう羨ましいのかわからず私が聞き返すと、斉藤さんは俯いたまま答える。


「私たちのクラスは声掛けしても誰も来ないのに、1組は春風さんたちが来るじゃないですか。それに桜木先生も休み明けにみんなに声をかけるって言ってましたし・・・。クラスメイトにも担任にも恵まれてるなんて、松田さんと高坂くんが羨ましいです」


「私たちは話し合いにも参加したし、片付けに参加するのは当たり前だよ。斉藤さんたちも担任の先生にお願いして声掛けしてもらったら?」


 私がそう言うと、斉藤さんは更に肩を落とすような仕草で先程よりも深いため息をつく。


「はぁぁぁぁ。そういうのは生徒同士でどうにかしなさいって、うちの担任ならきっと言いいますよ。いい意味でも悪い意味でも放任な人なので」


 3組の担任って誰だっけ?と考えるが、印象が薄い為か思い出せない。


「んー、斉藤さんたちからどうしても来て欲しいってお願いしてみるとかは?」


「それでもたぶん来ないですよ。私たちに実行委員を押し付けるようなクラスですよ?」


 そういえばそんな事を言っていたっけ。

 一昨日の話し合いの時は押し付けられたと言う割には嫌そうに見えなかったが、それは自分の仕事を全うしているだけで、本心では嫌がっているのかもしれない。

 そう考えると、こう思うのは少し申し訳ないかもしれないが、斉藤さんと原田くんが可哀想に思えてくる。


 そんな事を考えながらトイレを済ませ、空き教室に戻っている途中、斉藤さんがあっ!と何かを思いついたかの様に手を叩く。


「春風さんからみんなに来て欲しいって伝えてくれませんか?」


「えっ?どうして私が?」


「春風さんは人気者じゃないですか!みんなからの評判もいいですし、男子なら春風さんに言われたら参加すると思うんですよね!」


 なんとなくそれは乗り気になれない。

 斉藤さんに悪気がある訳じゃないのはわかるが、それだと男子限定になるような気がするし、自分の容姿を利用して男子を呼び寄せるみたいなのはしたくない。

 なによりもそんな事をすると太陽くんを不安にさせてしまうかもしれない。

 なので、私は斉藤さんの提案を断ることにした。


「ごめんね。それはちょっと嫌かな・・・」


「ですよね・・・。すみません、忘れてください」


 落ち込む斉藤さんをみていると、こちらが悪いような気がしてしまう。


「それならさ、桜木先生から斉藤さんたちの担任の先生に伝えてもらおうよ!生徒じゃなくて先生に言われたらさすがに声掛けしてくれるんじゃないかな?」


「えっ?桜木先生ってそこまでしてくれるんですか?」


「たぶんしてくれると思う!もしそうしてくれなかったとしても桜木先生は頼りになるから、他のいい案を提案してくれるかもしれないよ!」


 桜木先生ならきっと二つ返事でOKしてくれるという確信が私にはあった。

 少しだけ気が楽になったのか斉藤さんも、それならお願いしてみようかなと声のトーンが明るくなった。


 ******


story teller ~九十九朝日~


 コンビニのバイトが終わり、甲斐くんと一緒にお店を出る。

 9月の後半にさしかかっているが、外はまだ蒸し暑く、エアコンの効いた店内が名残惜しいと感じる。


「じゃあ俺こっちだから」


「どこか寄って帰るんですか?」


 普段は甲斐くんと同じ方向に帰るのだが、今は楓さんの家で厄介になっているので、お店の前で分かれる事になるのだが。


「ん?真昼から聞いてない?」


 彼の反応からなんとなく分かっていたことではあるが、反射的にそう聞くと、甲斐くんはなにも聞いてませんよ?と答える。

 甲斐くんは真昼に定期的に勉強を教えている為、2人の仲はとてもいい。と俺は思っている。なので、俺たち兄妹が家出中と言うのをてっきり聞いているとばかり思っていたんだけどな。


「そうなんだ。まぁ今、絶賛家出中なんだよね」


「真昼ちゃんと喧嘩でもしたんですか?」


「いや、真昼も一緒に家出中」


 さて、理由を聞かれたらどう答えようかと思い頭を働かせるも、甲斐くんは踏み込むのは良くないと感じたのか、そうなんですねとだけ言う。


「最近、真昼ちゃんから勉強を教えてくれって言われなくなったから、俺はお役御免かと思ってました。家出中だったんですね」


 甲斐くんは、なんだか寂しそうな表情を一瞬顔に貼り付け、すぐに表情を元に戻す。

 ん?これはもしかして?


「もしかしてさ〜。真昼に勉強教えられなくて寂しいの?」


 俺がそう茶化すと、甲斐くんはそんなんじゃないですよ!と強く否定する。

 しかし、彼の表情からそれが図星だったのだとすぐに気づく。


 真昼も甲斐くんの事を気に入っているみたいだし、俺としても甲斐くんなら真昼を任せてもいいと思うくらいには信頼しているので、彼も真昼の事を好いてくれているのなら、兄として素直に嬉しいと感じる。


「まぁ真昼に会いたくなったら、四宮のバイト先に行くといいよ。学校終わりにそこでお手伝いしてるはずだからさ」


 あまり踏み込みすぎず、でもなるべくアシストする。その絶妙なバランスを保つためにできるのはこれくらいだろう。

 俺が誘って連れていくよりも、甲斐くんから自発的に来てくれた方が真昼も喜ぶはずだ。きっと甲斐くんも、真昼の居場所を伝えておけば会いにいくだろうしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る