第203話 長岡家
story teller ~九十九朝日~
ガチャガチャと鍵穴を回す音が鳴り、俺は調理中の手を止め、玄関から入ってきた楓さんと真昼に声をかける。
「2人ともおかえり〜。もうすぐ夕飯できるよ」
「ただいま。もしかして私たちの帰りに合わせて作ってくれたの?」
「兄貴ただいま!」
楓さんはカバンも置かずにキッチンに駆け込んでくる。
「わぁ。もしかして手ごねハンバーグ?」
「もしかしなくてもそう。それとも楓さんは手ごね嫌だった?」
潔癖とかでそういうのが苦手かと思ったが、楓さんは目を輝かせながらううんと言ってくるので安堵する。
せっかく作って苦手とか言われたら落ち込むところだった。
「にしても夕飯を作るって言ってたからどんなもんかと思ったけど上手だね。将来は料理人とか目指してるの?」
「そんな大層なもんじゃないよ。生活環境的に慣れてるだけ」
両親がギャンブル中毒で慢性的にお金のない家だったから、節約する為になるべく外食は控え、自炊するようにしていた。なので料理には結構自信がある。
とはいえ、妹以外に食べてもらうのは初めてなので少し緊張してしまう。
「真昼、テーブル片付けてくれ。皿に盛り付けたら持ってくから」
「はいはーい!」
「ふふっ。なんだか朝日くんお母さんみたいだね」
俺と真昼のやり取りをみて、楓さんはクスクスと笑っている。
そんなふいに向けられた彼女の笑顔に、不覚にも見惚れてしまう。
楓さんは普段オシャレをしないからか外見はパッとしないが、よく見ると結構美人だと思う。
それでも俺の好みではない。そのはずなのになぜか目を離せない。
「どうした?・・・もしかしてお姉さんに見惚れちゃった?」
「い、いやそんな事はない。もう!早くカバン置いてきてくださいよ!」
イジワルっぽくニヤニヤと笑いながらからかってくるが、俺は図星だった為に動揺してしまう。
真昼の真似をしてはいはーいと言いながらリビングに入っていく楓さんを見送り、背中を向ける。
いやいや。ありえないだろ。きっと最近色々あったからあの笑顔に安心しただけだ。
自分にそう言い聞かせ、ハンバーグを皿に盛り付けていく。
表現に出ないように何度か頬を動かし、真顔になった事を確認してから皿を手にリビングに向かった。
******
story teller ~長岡楓~
カバンを置くために寝室に入った私は、扉にもたれて座り込む。
ただからかったつもりが、あの朝日くんの反応は完全に図星だった。
たぶん。いやきっと、朝日くんは私に見惚れていた。
なんで?そんなタイミングあった?
帰ってきてからの自分の行動を思い出すが、あまり自分の容姿に自信のない私にはわからない。
朝日くんたちが困っていると聞いたから泊めているだけで、決して下心があった訳ではない。
それでも、朝日くんが私に見惚れていたのだと気づき意識してしまう。
どうしよう。部屋から出られない。
体調が悪いと言って部屋に籠る事も考えたが、せっかく作ってくれた夕飯を食べないと朝日くんに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
私は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
うん大丈夫。きっとバレない。
私は少し意気込んでから部屋を出る。
誤魔化すように笑顔を浮かべ、いつも通りのテンションで。
******
story teller ~九十九真昼~
あの2人はなにをしているんだ。
テーブルを片しながら2人のやり取りに聞き耳を立てる。
「どうした?・・・もしかしてお姉さんに見惚れちゃった?」
「い、いやそんな事はない。もう!早くカバン置いてきてくださいよ!」
「はいはーい」
自分の真似をした楓さんがリビングを通り、寝室に消えていく。
その時の楓さんの頬は少し赤く染まっていたような気がする。
楓さんの寝室の扉を見てから、キッチンに立つ兄貴に目を向けると、普通に皿にハンバーグを盛り付けているが、こっちを振り向いた兄貴の顔はいつも通りに見える。
さっきのやり取り的に兄貴も意識しているのかと思ったが、自分の気のせいだったのか?
まぁ楓さんは綺麗だと思うが、兄貴のタイプではないのだろう。それなら楓さんだけが一方的に意識していても不思議ではない。
あれ?もし兄貴と楓さんが付き合ったら自分はここにいられなくなるのでは?
楓さんの家に来て数日しか経ってないが、それでも居心地がいい事は確かだ。自分の家の居心地が悪かっただけなのかもしれないが、ここを追い出されるのは嫌だなと感じる。
「ほんとに美味しそうだね!」
部屋から出てきた楓さんはいつも通りを装っているが、テンションがいつもより高い気がする。
「口に合えばいいのですが」
あれ?これは・・・。
楓さんに対して、普段ならタメ口のはずの兄貴が敬語になっている。
もしかしなくても、兄貴も楓さんの事を意識しているのだと理解する。
「早くたべよ!」
「なんだよ真昼。急に大声出して」
なんだか2人から離されてしまう気がして、声が大きくなってしまった。
この先2人が想いあったとしたら、その時はどうしたらいいのだろうか。
漠然とした不安を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます