第198話 マネージャー補佐
story teller ~四宮太陽~
チッチッチッと壁掛け時計の音だけが響く部屋で、俺と星羅はありえない訪問者を牽制するように睨んでいた。
ローテーブルの前に座るその人は、母さんが用意した紅茶を1口飲み、正座した足を居心地が悪そうに崩す。
「そんなに睨まないでよ。さすがに君の家に来てまでなにかしようって訳じゃないからさ」
「俺の家を知ってる時点で警戒してるんだけど」
俺がそう言うと九十九はふーと息を吐いて、ここに来た理由を説明しだした。
「俺は君の様子を見に来ただけだよ。横山架流にもお願いされたしね」
架流さんが九十九と連絡を取りあっているのは聞いていたが、なんで俺の家まで九十九に教えたんだ?
俺と星羅は架流さんの行動の意図が理解出来ずにいると、それに答えるように九十九は続ける。
「正確には俺から言い出したんだけどね。四宮の様子を見てくるから家を教えてくれって。ついでにお願いしたい事もあったしね。でも安心してよ。君の家を葛原に教えたりしない。証拠になるかわからないけど、横山架流が俺の弱みを握ってる事はしってるでしょ?」
「・・・わかった。架流さんには後で確認するけど、今はその言葉を信じるよ」
星羅はまだ九十九を警戒しているようだが、俺も星羅の兄として九十九の気持ちがわかるので一旦信用することにした。
「それでお願いってなに?」
「えっとね。一方的なものになるから嫌なら断ってくれてもいい。もし見返りが欲しいって言うなら、そうだな。お願いを聞いてくれたら俺も四宮のお願いを聞くってのはどう?」
そう聞いてくる九十九の口調はいつもと変わらない余裕さを感じるが、その表情は少し焦っているように見える。
とりあえず話だけでも聞こうと思い、話してみてと伝えると、ありがとうと小さく呟く。
「四宮はわかると思うけど、俺に妹がいるじゃん?」
九十九に妹がいる事は知っていた。その妹こそ、九十九の弱点であり、架流さんが握っている弱みでもある。
九十九は妹に自分のやっていた事がバレることを恐れているのだ。
きっと妹の前ではいいお兄ちゃんでありたいのだろう。
その妹が九十九のお願いとどう関係しているのかと思い、話の続きを黙って待っていると、九十九は俺の顔を見てから話し始める。
「同じ妹を持つ兄としてお願いしたい。俺の妹をこの家に置いてくれ!」
そう言って頭を下げてくる九十九に、詳しく話を聞くことにした。
******
story teller ~雷門来海~
「俺も入っていいの?」
「大丈夫ですよ。話は通してますし、なにより今日からマネージャー補佐なんですから入らないって選択肢はありません」
普段、堅治さんたちに筋トレを教えている時は堂々としている米田さんだが、今の米田さんは扉の前で遠慮がちにオドオドしている。
なんだかそれが可愛くて少し微笑ましい。
「おはようございます」
私が事務所の扉を開けて中に入ると、それに続いて米田さんもおはようございますと挨拶をする。
すぐに私のマネージャーである南さんが駆け寄ってくる。
「来海ちゃんおはよう。この子が電話で話してた米田くん?」
「はい。・・・ちょっと米田さん。自己紹介してください」
キョロキョロと事務所内部を見ていた米田さんにそう言うと、すみませんと言ってから自己紹介をしだす。
この人子どもみたいで可愛い。
「米田光明って言います。よろしくお願いします」
「私は来海ちゃんのマネージャーの
南さんが米田さんに名刺を差し出すと、頂戴しますと言って両手で丁寧に受け取る。
「一応私からも社長に話はして許可貰ってますが、これから一緒に挨拶に行きましょう」
南さんはそう言って私たちを先導して社長室の前まで向かう。
扉をノックすると、中からどうぞと声が聞こえ、部屋の奥には白髪混じりの中年の男性が座っていた。
「初めまして。君が米田くんかな?」
「はい!米田光明と言います。今日からよろしくお願いします!」
「私はこの事務所の社長の
社長はフレンドリーな笑顔を米田さんに向けているが、米田さんは緊張しているのか、動きがぎこちない。
「みんな座って座って」
社長に促され、私たちは社長室中央にあるソファに腰掛ける。
「米田くんも気楽にしていいよ。社長と言ってもこんな小さな事務所だし、そんなに偉くないから」
社長の言うように、私の所属するこの事務所はとてもこじんまりとしている。
事務所の面積自体だけでなく、事務所としての規模も小さい。
こんな言い方をすると心が痛いが、大きく売れているのは正直言って私だけ。あとは地下アイドルやなかなか売れない地方タレントなどが所属しているだけなのだ。
「いえ、ですが今日からお世話になる身ですので・・・」
「いやいや。お世話になるのは私たちだよ。君はうちの大切な来海ちゃんのナイトになってくれるのだから」
米田さんが私と一緒にここに来た理由。それは私を守るためである。
社長はナイトと言っているが、言い換えればボディガードだ。
私は芸能界に戻りたい理由を両親には話せなかった。
しかし、加藤さんについて調べるにしても中学生の私には限度がある。
そこで、社長と南さんには素直に話すことにしたのだ。
2人は話を聞いたあと、なにかあったら私たちでは守れないかもしれないと言ってきたので、私から米田さんにお願いしたのだ。
仕事が増えてきたら、もしかすると米田さんの学業にも迷惑がかかるかもしれない。それでも米田さんは留年すればいいとまで言って快く引き受けてくれた。
なので、私と社長、それから南さんは既に、米田さんには感謝してもしきれないくらいなのである。
「でもほんとに俺でいいんですか?当たり前ですがマネージャーなんてやったことないですよ?」
「はははっ。マネージャー補佐ってのはカモフラージュだよ。バカ正直にボディガードなんて言ったら、来海ちゃんの探している人に警戒されてしまうからね。だから君はマネジメント業務をしている振りをすればいい。もちろんこの話は事務所内でもこの4人だけの秘密だ。加藤さんって人を私は知らないが、気を抜かない方がいいのだろう?」
前半はおおらかに笑いながら、後半は真面目な顔で話す社長に、私ははいと答える。
私のわがままに付き合ってくれる理解ある人たちで本当によかったと思う。
「私たちは君たちの味方だ。頼りない大人かもしれないが、全力でサポートするからね」
拳を握りしめて優しく微笑みかけてくる社長に感謝し、これから色々と忙しくなる事を覚悟して社長室を出た。
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