第196話 稲牙に手を出した人
story teller ~春風月~
授業中に誰も座っていない席を見つめ、休んでいる太陽くんの事を考える。
本人曰く風邪を引いたとの事だが、最近は学校と家の往復しかしていないはずなのできっと嘘だろうと思う。
「春風さん。前を向いてください」
現国の担当教師の先生に注意され慌てて前を向くと、振り返ってこちらを見ていた光と目が合う。
私と太陽くんの席を何度か交互に見てから黒板に向き直る光は心配そうにしていた。
私の席からは見えないが、もしかしたら涼と車谷くんも光と同じ表情をしているかもしれない。ううん、きっとそうに違いない。みんな太陽くんの事が大好きだから。
黒板に書かれた文字を指さし棒でなぞりながら授業を進める先生の声に耳を傾けるが、結局は集中出来ず、気がつけば授業終了を知らせるベルが鳴る。
現国は4時限目の授業だったので、昼休みになり、静かだった教室が急に騒がしくなる。
「次の授業って文化祭でなにするか決めるんだっけ?」
そんなクラスメイトの声が聞こえてきて、そういえばもうそんな時期かと思う。
去年とは少し状況が違うが、私と太陽くんはこの時期になると距離が出来てしまう呪いにでもかかっているのだろうか。
もう少しで太陽くんと付き合って1年。なんだかんだで喧嘩とかはなかったけれど、こうやって距離が出来てしまったと心が沈む。
私がそんなマイナスな思考で気分を落としていると、光と涼、それから車谷くんが来て、中庭に行こう?と弁当を見せてくる。
別に太陽くんに嫌われてしまったわけではないから、落ち込んでいても仕方がないと気持ちを切り替え、光たちに笑顔を作って見せる。
たぶん無理に笑っていると気づいているはずだが、それでもなにも言わない、聞いてこない3人の気遣いがありがたいと同時に申し訳なさを感じた。
中庭に行くと、既に秋川くんたちは集まっていて、その中に初めましてではないけれど、初対面と言っても過言では無い人物の姿があった。
「初めまして。じゃないけど、えっと・・・」
「初めましてでいいよ。お互い顔を知ってる程度だし」
私がどう言えばいいか迷っていると、穂乃果ちゃんの隣に座るその子はそう言ってくれた。
「この人は内海純奈さんです。最近仲良くなったので、皆さんにも紹介したかったので連れてきました」
穂乃果ちゃんに紹介された内海さんは、よろしくと短く挨拶をしてくるので、私たちもそれぞれ自己紹介をする。
ほぼ初対面でタメ口ではあるが、悪気がある訳ではなさそうなので私はあまり気にならなかったが、光はそれに対して文句を言っている。
「一応1年生なんでしょ?初めましての時くらい敬語とか使えないの?」
「別にいいじゃん。こういう性格なの」
「開き直ればいい訳じゃないでしょ。今からでもちゃんとしたら?」
「すみませんね。でもそう言われたからって今から直すのはダサいじゃん。それと、特にあんたには絶対敬語使わないから」
バチバチを火花を散らす2人の間に車谷くんが入り、まぁまぁ2人とも落ち着いてと仲裁している。
攻撃的だった内海さんは、なぜか車谷くんの言う事は素直に聞いていて、すみませんと謝って顔を俯かせている。
その頬が少し桜色に染まっていることに気が付き、なんとなく察してしまう。だから光には特に当たりが強いのか。
「純奈さん。喧嘩させる為に皆さんに紹介した訳じゃないんですからちゃんと謝ってください」
「わかったよ。ごめん」
穂乃果ちゃんに注意されて、更にしょんぼりとしながら、私たちにすみませんでしたと謝る内海さん。
そのやり取りを見て、なんだか親子を見ているみたいで微笑ましくなる。
「別に気にしてないから話しやすいように話していいからね?」
「・・・ありがとう」
「・・・。あの、すみません。皆さんに聞いて欲しい話があるのですがちょっといいですか?」
会話の流れが止まったタイミングで穂乃果ちゃんが私たちを順番に見ながら切り出してくる。
「話ですか?」
話ってなんだろうと疑問を浮かべる私たちを代表して涼が穂乃果ちゃんに聞き返すと、はいと答えてから続ける。
「私からではなく純奈さんからなのですが。皆さんにも聞いて貰いたい内容の話だったので」
あとはよろしくとばかりに穂乃果ちゃんが内海さんに視線を送ると、私たちの返事を待つ前に、内海さんの口から予想していなかった人物の名前が飛び出してきた。
「葛原って女は知ってる?」
「うん。知ってる。・・・内海さんはなんで葛原さんの事を知ってるの?」
私たちはもしかして内海さんは葛原さんサイド?と警戒しながら問いかけると、病院であった出来事を話してくれた。
「―――って事があったんだ。それでその穴原から色々話が聞けたんだけどさ。春風たちは八代って知ってる?下の名前は明文って言うらしいんだけど」
内海さんが口にした名前に一瞬覚えがあると思ったが、同じクラスの八代くんの下の名前は武文だったと思い出し首を横に振る。
「その八代明文さん?が獅子王くんに手を出したってこと?」
「穴原の推測だとそうじゃないかって言ってた。穴原も葛原に金もらって色々やってただけで、葛原の事も八代の事も詳しくは知らないって言ってたけど・・・。穂乃果に話したら、春風たちなら知ってるんじゃないかって言ってたからさ」
「ごめんね。実は葛原さんの事もそこまで詳しく分からないし、八代明文さん?は全然知らない人だ。・・・でも今の内海さんの話で少しだけ前進できた、ありがとう!」
私からお礼を言われた内海さんは、たぶん太陽くんと葛原さんの関係や、今までにあったことは知らないのだと思う。その証拠に、なんでお礼言われたんだ?という様子で困惑している。
勝手に話していいか迷ったが、協力者は1人でも多い方がいいと考え、細かい太陽くんの過去はなるべく伏せるようにして、大まかに私たちと葛原さんの間にあった出来事を話していく。
「なるほど。なんかめんどくさい事に巻き込まれちゃったな・・・」
はぁとため息を吐く内海さんに、私たちと関わらなければ大丈夫だと思うと伝えるが、内海さんはそうするとは言わなかった。
「気使ってくれてありがとう。でももう巻き込まれてるし、なによりも稲牙に、友だちにあんな事されて引き下がれないし」
握りしめられた彼女の拳は膝の上で震えていた。私にはわかる。きっと彼女は怒っているのだ。
穂乃果ちゃんはそんな内海さんの拳に手を重ねている。
葛原さんの協力者、八代明文さん。
今、内海さんから聞いた情報を、架流さんたちにも共有して、まずは八代明文さんを探し出して接触する。
そうすれば葛原さんにも一気に近づけるかもしれない。
しかし、あの葛原さんが内海さんに情報を渡すようなヘマをがするだろうか。
私の中で薄らとそんな不安もあるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます