第193話 芽生えた安心感
story teller ~乱橋穂乃果~
「はーしんど。さすがに精神的疲労半端ないわ」
九十九さんはふーと息を吐いて膝に手をついている。
警察に連絡した私たちだったが、最初は店長と九十九さんだけが残り、私たちはその場に居なかったことにしようとしたが、店内のカメラに全て映ってしまっているのでそれは不可能だと考え、九十九さんの提案で、ある程度素直に話すことに決めた。
彼は面倒な事はなるべく避けて、全責任を表に押し付けたいとの事だ。
表はそのまま現行犯逮捕?というものになったのだろうか。駆けつけた警察官に連れていかれてしまった。
「はぁ。四宮から連絡来たかと思ったらとんでもないもんに巻き込まれたぜ」
そうため息を吐く山田さんに助けてくれたお礼を伝えると、気にするなと返される。
そして次に、内海さんだ。
「・・・内海さん。助けてくれてありがとうございました。でもなんで助けてくれたのですか?」
私がずっと考えていた疑問を口に出すと、答えにくそうに頭をかいている内海さんだったが、私がじっと見ていることで諦めたのか、恥ずかしそうに答えた。
「・・・別に。あんたにちゃんと謝りたかったからさ。あたしが謝罪する前に殺されでもしたら困ると思っただけだよ」
「謝りたかった・・・ですか?」
「そうだよ。このタイミングで言うのもなんだけど、その。いじめてごめんなさい。やりすぎたと思ってます。反省してます。でもただの自己満だから、迷惑かもしれないけど、気持ちはちゃんと伝えたくて。ほんとごめんなさい」
そう言うと内海さんは深く頭を下げて謝ってくる。
確かに今更謝られても困るとは思ったが、それでも彼女が私を助けてくれた事に変わりはない。
「・・・頭を上げてください」
私の言葉で確認するように、内海さんは少しだけ頭を上げる。
「いじめられて怖かったですし、嫌でした。でも助けてくれてありがとうございます。内海さんに抱きしめられた時、その・・・とても安心しました」
まだ彼女に対しての恐怖は残っている。もしかしたら不安な状況で助けてくれた事による吊り橋効果ってやつなのかもしれない。それでも感じた暖かさを素直に伝えることにした。
でも内海さんだって、謝るのには勇気が必要だっただろうから。
それが、勇気を振り絞って謝ってくれた、助けてくれた彼女に対しての誠意だと思った。
「もう一度抱きしめてくれませんか?」
私は今起こったことを少しでも忘れたくて、目の前の安心感をもう一度味わいたくて、感じた暖かさが本物なのか確認したくて、ほとんど無意識にそう口にしていた。
内海さんは一瞬戸惑った顔を見せたが、恥ずかしそうに顔を赤く染めて周りを確認し、ゆっくりと、大切なものを抱きしめるように私を包み込んでくれる。
身長の低い私の頭は、丁度内海さんの胸に埋まり、彼女のとても早くなっている心臓の音がすぐ側で聞こえる。
その音を聞きながら、安心して頬が緩んでいることに気がつく。
自分で言うのもなんだが、私が微笑むのは珍しい。
だからこの人の事を許そう。
今までのことが無かったことにはならないけれど、それでも、今感じている自分の気持ちに正直なろう。
******
story teller ~秋川堅治~
誰かが通報したのか、廃墟ビルの下の方からパトカーのサイレン音が聞こえる。
稲牙獅子王と名乗った男の子は、これはおれ様がやった事にするからお前らは逃げろと言ってくれたのでその好意にオレたちは素直に甘えることにした。
道路側ではなく廃墟ビル裏手の窓から外に出て、路地を通って、サイレンが鳴っている方とは反対の通りに抜ける。
善夜と、少し遅れて合流した架流さんに支えられた太陽は無気力に俯いていて歩いていると言うよりは引きずられているに近い。
「架流さん。これから乱橋さんを助けにいくんですか?」
オレはそれなら急がなければと思いそう聞くが、架流さんはいいやと言って続ける。
「もう終わってるはずだよ。九十九が向かったからね」
「九十九?どうして九十九が出てくるんですか?」
九十九に対して嫌悪感を抱く善夜が真っ先に反応するが、オレも善夜と同じで、なぜ?と疑問が浮かぶ。
「僕は九十九の弱みをにぎってるからね。お願いしたらすぐ動いてくれたよ」
優希くんから連絡を受け、すぐに誰かに電話していたのは知っていたが、それが九十九だったとは思わなかった。
連絡を受けた時点で架流さんは色々な可能性を考えて動いたのだろう。さすがだと思う。この人が味方で良かったとも。
「うん。丁度九十九からメッセージが来たよ。みんな無事だってさ」
そんないい報告を架流さんから受けるも、太陽がこの調子だと良かったとは言えない。
さっきの太陽は島の時よりも異常だった。
オレと善夜が間に合わなければ間違いなく春風さんに手を出していただろう。
どうしてああいう状況になってしまったのかわからない。後日、あの稲牙って人に詳しく話を聞かなければ。
とりあえず今は、みんなと合流して太陽を家まで送り届けなければいけない。
駅で待っていた涼と夏木さんの2人と合流して電車に乗り込む。
涼たち駅待機組はなにがあったのかわかっていないので心配そうにしているが、太陽の様子がおかしい事を察してか何も聞いてこない。
すると架流さんが床を見ながら、でも確実にオレたちに向けてこう発言する。
「そろそろ僕たちから葛原に仕掛けないとね。太陽くんがこれ以上壊れるのは見たくないし・・・」
誰もなにも言わないが、その場にいる太陽以外の全員の心は同じだっただろう。
これ以上友だちを傷つかせない為には、もう葛原を直接叩くしかないのだと。
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