第191話 意外な助っ人と理解できない助け

story teller ~乱橋穂乃果~


 怖い。それよりも気持ち悪い。


 私の首に腕を回して捕まえてくる、The不審者な風貌の男は、ため息をついて、なにかを考えて息を荒くして、またはぁとため息を吐くを繰り返している。


 早く離れたいと藻掻くが、意外にも力が強く、腕から抜け出すことができない。


 焦っていたその時、後ろから強い衝撃が走ったと思ったら、私は男と一緒にその場に倒れ込む。


「ごめん!大丈夫か?」


 さっき太陽先輩が飛び出してすぐに秋川さんたちに連絡を入れたので、助けに来たのかと思ったが、私の予想とは違う人だった。

 倒れる私を引っ張って起き上がらせてくれたのは山田さんだったのだ。


 山田さんは私を連れて店長のいるカウンター内に避難すると、すぐにスマホを取り出して誰かに電話をかけている。


「もしもし?えっ?誰?四宮は?なに?手が離せない?じゃあ今すぐ来いってだけ伝えて!」


 そう言うとすぐに電話を切ってポケットに仕舞う。相手は太陽先輩だったようだ。


 太陽先輩が来てくれる。そう思うと先程までの恐怖が薄れるが、カウンターの外、お店の扉の前で倒れていた男が立ち上がり、倒れた拍子に取れたのか、帽子とサングラスが床に落ちる。


「表・・・?」


 私がそう呟くと、山田さんと店長もその有名人に気がついたのか、驚きの表情を見せている。


「えっ?なんでこんな有名人が?」


「まじかよ」


 私も驚いた。もちろん別の意味でだが。

 表がここに居るということは、葛原さんが関わっていると言うことだろう。

 そうなると、太陽先輩が獅子王くんを助けに行ったもの葛原さんの手の内なのかもしれない。

 それだとすぐには戻って来れない。


 一気に先程の不安と恐怖が押し寄せてきて、体が冷たくなる。


 怖い。


 でも太陽先輩はもっと怖い思いをしているかもしれない。

 私は震える体を必死に抑え、この状況をどうにかしようと考える。


 山田さんが表を捕まえて警察に突き出す?いや、さっきのは不意打ちだったから上手くいっただけかもしれない。

 島で見た時の表は結構しぶとかった。もしかしたら山田さんじゃ止められないかも。


 周りを使える武器はないかと見渡すが、包丁やハサミなどしかないので、さすがにそれはダメだと自分に言い聞かせる。


「痛てぇな。なんだお前、急に後ろから蹴りやがって」


「いや、すみません。有名人だとは思わず・・・」


 山田さんは表が有名人だと言うことに驚きすぎて謝ってしまっている。これじゃ役に立たない。


 表は蹴られた腰を抑えながら中腰でこちらに近づいてきて、カウンター越しに私の胸ぐらを掴んでくる。


「すみません。離してくださいよ!」


 さすがの山田さんもそれを止めようと表の腕を掴むが、そのまま2人は硬直してしまい、睨み合い、動かない。


 すると、またお店の扉が開き、知らない男の人が入ってきた。


「あれ?お取り込み中だったかな?」


 このタイミングでお客様?と思ったが、山田さんはその人を見て、表を見た時よりも更に驚いた表情を見せてすぐに顔を曇らせる。


「九十九・・・さん。どうして」


 更に警戒を強めた山田さんは表の腕を離し、カウンターの中に居るにも関わらず、ぎこちない動きでファインティングポーズを取る。

 なにが起こっているかわからないまま表に胸ぐらを掴まれている私と店長。


「久しぶりだね山田。でもそんなに警戒しないでよ。今回は味方だから」


 今回は味方?

 私は九十九さんと呼ばれたその人の発言の意味がわからずに戸惑っていると、九十九さんは表の肩をガシッと掴んで、凄い力でカウンターから引き離す。

 その勢いで少しだけ引っ張られた私の制服の第2ボタンが飛び、床に転がる。


「あっ。有名人じゃん」


「なんだお前」


「うん。俺より不細工だ。これなら心が痛まない」


 そう言うと九十九さんはシュバ!と風を切り、表の顔面を躊躇なく殴る。


「かっ!!」


 不意に殴られた表は首をカクンと後ろに倒し、鼻から血を出して無気力に床に倒れこむ。


「はい、終わり。まったくこれだけの為に俺を呼ぶなんて。横山架流には今度お礼してもらわないと」


 そう言いながら手をパンパンと叩く九十九さん。


「ほらカウンターの中にいる不細工と美しい女性2人は早くお店からでな?こいつは俺が警察に連れていくから」


 そう言ってエスコートするように扉を開けてくれる。

 戸惑いながらもその指示に従おうと私たちはカウンターから出て扉を目指す。


 しかし、倒れていた表はカッ!と目を見開くと、九十九の脚を引っ張り倒す。


「お前ふざけんな!!誰が不細工だ!」


 ゴッ!と音がして九十九さんが殴られたのだと理解すると同時に、1番後ろを歩いていた私はカウンター側に逃げてしまう。


 そんな私を標的にしたようで、表は立ち上がると私に近づいてくる。


「クソ。また顔殴られたぜ。なんでみんな俺の顔殴るんだよ。テレビにも出るのによ!!」


 怒りを顔に貼り付け、ドスドスと足音を鳴らしてくる表にビビり、足が竦んで動けない。

 表はカウンター内からハサミを取り、私をあっさりと捕まえると、首にハサミを突きつけてくる。


「離して、ください!」


「暴れんな!クソが!まじで刺すぞ!」


 激しく暴れる私に対し、表は乱暴にそう言い放つと、握ったハサミに力を入れて押し付けてくる。

 皮膚を貫いてはいないものの、それでも尖った先端が刺さって痛い。


「痛い!痛いです!」


 恐怖で震えながらも抵抗するが、私の苦痛の声も虚しく、表は私を連れたまま事務所の扉の前まで後退する。


「おいおい。それはやりすぎでしょ」


 九十九さんは起き上がり、すぐに体勢を立て直して私を助けようと構えるが、表は私の首からハサミを退けずに九十九さんを無視する。


 私が捕まってる以上、九十九さんも手を出せないのだろう。

 表を睨みつけたまま動けない。


 そんな無言のやり取りが続き、体感で10分くらい。実際はもっと長かったかもしれないが、その間中、冷たい金属が首に押し当てられていた私は抵抗する事を諦めていた。


 そんな怖くて泣き出しそうな私の視界の端でコソコソと動く人影が見えた。

 その人影は入口から店内に入ってくると、一旦私たちとは反対側に周り込み、カウンターの中を通り、表が私を確認しようと九十九さんたちのいる入口側から視線を外した瞬間。その人影はカウンターから飛び出し私たちの目の前までやってくる。


 そして、しゃがんでいたその人は勢いよく立ち上がると、そのまま表の顔面目掛けてビンタを放つ。


 パチン!!

 と音がなったかと思うと、首からハサミが離され床に落ち、それと同時に私は腕を引っ張られる。

 誰?なに?と困惑する私に、その人は強い口調で声を掛けてくる。


「乱橋!なにしてんの!いくよ!」


 助けてくれたのは内海さんだった。

 内海さんは私の手を引いて走り出し、お店の外に連れ出してくれる。

 表は急に内海さんに叩かれてビックリしたのと、ずっと九十九さんと睨み合っていた為の疲労もあるのだろうか、動かずに固まっている。

 九十九さんもそれを見逃さず、すぐに表を取り押さえる。


「なんでですか?内海さんが私を?」


 私の問いかけに内海さんは答えなかったが、その代わり強く抱き締めてくれた。


「あんたが無事でよかった!」


 訳がわからないが、内海さんに抱きしめられると、なんだか暖かい気がした。

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