第190話 キレた太陽

story teller ~表良一~


 葛原がなにを考えているかわからないが、俺をこんな下っ端みたいに扱いやがって。


 俺は身バレ防止のために、キャップを深く被り、サングラスにマスクという如何にも不審者な格好をしてとあるカフェの前に来ていた。


 テレビにも出ている俺をこんな風に使うとは、葛原も大胆なもんだ。もし警察沙汰になったら葛原の事も全部話してやる。


 そう覚悟を決めて店の扉を開く。

 中には女性が1人と、島であった乱橋穂乃果だけがおり、2人は俺を見て警戒しているように見える。


 おいおい。ここにいる人を監視してなにかあれば人質にするって話だったのに警戒されてるぞ。


 既に葛原の作戦とは違う流れになっていると察し、いらっしゃいませすら言わない店員をすぐに人質にする様に動く。

 手前にいた乱橋穂乃果の腕を掴み、こちらに引き寄せて首に腕を回す。


「おい。お前ら動くなよ。さもないとの首を絞めるぞ」


 そう脅し文句を言い、その後に自分の失態に気づく。

 名前を言ってしまっては俺の正体がバレてしまう。


「穂乃果ちゃんを離して。私と交換しなさい」


 カウンターにいる女性は強気でそう言ってくるが、四宮太陽にとってはその女性よりも乱橋穂乃果の方が大切だろうと判断してその提案を拒否する。


「それは出来ない相談だ。大人しくしてろ」


 乱橋穂乃果は震えながらも俺の腕から抜け出そうと必死にもがいている。

 はぁ。今腕の中にいるのが来海ちゃんだったらどれだけ幸せだっただろうか。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 急がないと。乱橋さんが危ない。


 この状況を打破する方法が思いつかず、焦りと不安で心拍数が上がっていくのを感じる。


 俺に詰め寄ってきていた男の1人が、チャンスとばかりに拳を突き出してくるが、それを冷静に避ける。

 大振りだったので動きが読みやすかった。

 その後も数名が殴りかかってきたり、蹴ってきたりするが、部屋も広いため意外と余裕を持って避けられる。

 正直、九十九や表の仲間の方が動きも早く、的確な攻撃をしてきていたので、それに比べるとなるほど俺でも避け切れる。


 攻防しながら少しずつ獅子王くんに近づくが、腕を縛っているロープを解くには時間がかかりそうだ。きっとその間にさっさと囲まれてしまうだろう。

 それならと、1度部屋の外に行くふりをしてフェイントを掛けて、男たちが俺のその動きに吊られたと同時に逆に部屋の中心に走り込み、獅子王くんを立たせる。

 足は縛られていないためあっさりと立ち上がった獅子王くんは、助かったと安堵の表情を浮かべている。


「まだだよ。部屋から出る唯一の出口が塞がれたし、ここからどうするか考えてないよ?」


 俺は周りを警戒しながらそう言うと、獅子王くんはふっと鼻で笑う。


「それなら大丈夫。こいつらに抵抗しなかったのは純奈に被害が及ぶかもと思ったからだ。でも純奈が無事だとわかったからここからはおれ様も反撃できるぜ」


「でも腕が縛られ―――」


「太陽。おれ様って結構強いんだぜ?」


 そう言うと獅子王くんは腕を縛られたまま男たちに突っ込み、蹴りだけでどんどんとなぎ倒していく。

 何が起きているのか、状況が理解できないままだったが、この調子ならすぐに終わりそうだ。

 そう気を抜いた瞬間だった。


 俺の横から誰かが獅子王くんの元に飛び出し、それに反応できなかった彼の頭を掴むとそのまま地面に叩きつけた。


 ゴォオォン!!

 コンクリートと鉄骨だけの建物が揺れ、鈍い音が響く。それだけ強く叩きつけられたのだとわかる。


「獅子王。お前腕縛られたまま俺に勝てると思うなよ」


 穴原はふんぞり返っているだけのお山の大将じゃなかったようだ。

 獅子王くんの頭を掴む腕は血管がびっしりと走り、筋肉が膨張している。


 倒れた獅子王くんの頭から血が流れ、俺が以前に負った頭の怪我とは比べ物にならないだろう。

 あの時の痛みと、悔しさを思い出し、俺はまた友だちを傷つけられた事により、ふつふつと怒りが湧いてくるのを自覚した。


「おい。穴原って言ったか?獅子王くんから手離せよ」


 俺の低く、冷たい声に反応して、穴原は嘲笑うかのようにはっと鼻を鳴らして答える。


「雑魚は引っ込んでろよ。おいお前ら、あいつを黙らせろ」


 穴原の指示で、獅子王くんに蹴られていなかった6人がこっちにゆっくりと近づいてくる。

 普段の俺ならそれだけで恐怖を感じているが、この時の俺はそんな余裕もなく、男たちと同じようにゆっくりと歩き出し、1番手前の男の顎めがけて拳を振るう。


 反撃されると思っていなかったのか、俺の拳は綺麗に顎にクリーンヒットして、男はその場に倒れ込む。


「なっ!」

「おい。こいつ雑魚じゃねぇのかよ!」


「邪魔だ。どけよ!」


 そう言いながら戸惑う男2人のみぞおちを殴り、そのまま穴原目指して走る。


「あ〜な〜ば〜らぁああぁぁぁああ!!!!」


 残り3人の男はその場を動けずに固まっているので簡単に穴原の元にたどり着くが、俺が勢い任せに振るった脚はスっと避けられ、逆に穴原がカウンターの為に差し出した足裏が俺の腹に当たる。

 走った勢いもあり、体がくの字に曲がり少し後退するが、倒れないように耐える。


「中々やるじゃねぇか。何者だお前」


「なんでもいいだろ。俺は急いでるんだ。殺すぞ」


 強がりではなく、本心からそう思っている。

 自分でも驚くほど痛みはなく、この程度なら幾らでも耐えられる気がする。


 乱橋さんの元にも急いで戻らなければいけないので、さっさとこいつを片付けると決めて、穴原と対峙する。

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