第189話 人手不足

story teller ~四宮太陽~


 走りながら電話をかける。相手は山田だ。

 山田に頼るのは気が引けたが、それでも嫌な予感を拭えず、すぐに動けるならと期待してスピーカーから流れる呼出音に耳を傾ける。


「はい」


 コール音が途切れると、前にあった時より幾分か元気な声が聞こえてくる。


「もしもし!山田!なにも聞かずにカフェに向かって欲しい!」


「はぁ?急にかよ!」


「今頼れるのはお前しか思い浮かばない!」


 頼むと心の中で再度唱えると、山田はわかったよと一言残して電話を切る。

 気休めだが、これなら少しは安心出来る。


「なに?誰に電話したの?どういう事?」


 事情を知らない内海さんが俺に聞いてくるが、説明するのは後だと思い、そのまま無視する。

 俺の勘が正しければ、きっと今回の件も葛原が関わっている。

 そうだった場合、俺が獅子王くんを助けに行くことを見越して、カフェに残してきた乱橋さんになにかしてくるかもしれない。


 駅に着き、急いで隣町までの切符を購入する。

 しかし、次の電車までまだ時間があり、そのまま何もせずにいる訳にも行かないので、次は優希くんに連絡を入れる。

 優希くんは山田と違い、すぐに電話に応答してくれた。


「もしもし」


「優希くん。今星羅や来海ちゃんと一緒?」


「はい。一緒ですよ?どうしました?」


 俺は今起きていることを手短に説明し、もしなにかあった時の事を考慮して、架流さんか誰か頼れる大人と一緒にいるようにと伝える。

 今回優希くんたちはこの件に関わっていないだろうが、なにかあってからでは遅い。


 俺が優希くんとの電話を終えると、内海さんは苛立ちながら俺に説明を求めてくる。


「ねぇ!なんの事かくらい話したら?あたし何も分からないんだけど」


「うるさいな。内海さんは関係ない」


 俺は少し怒りながら冷たく返すと、もう巻き込まれてるんだけど!と怒りを露わにして俺の腕を掴んで振ってくる。

 丁度電車が到着し、俺は車内に乗り込みながら話すことにした。


「詳しくは話さないけど、今まで俺の元カノが色々と俺たちに対して嫌がらせしてきてたんだよ。だから今回も元カノが関わってるんじゃないかと思ってみんなに注意するように伝えてただけ」


 今の説明に納得いかない表情を見せる内海さんだったが、俺がこれ以上説明しないと察したのだろう。そうなんだとだけ返してくる。


 電車に揺られてやっと隣町の駅に着いた瞬間、扉が開くと同時に俺たちは飛び出す。

 ホームから改札まで人を避けながら走り、駅前からタクシーに乗り急いで廃墟ビルに向かう。


 20分ほどだろうか、思ったよりも時間がかかったので獅子王くんが心配だと思い、運転手におつりは要りませんと万札を渡してタクシーから飛び出すと、6階建ての大きなコンクリートと鉄骨だけのビルが目の前に飛び出してくる。

 夕方の薄暗さも相まって不気味な雰囲気に包まれたそのビルに、一瞬入ることを躊躇してしまう。


「入っちゃダメだよ。不法侵入になっちゃうよ」


 タクシーの運転手が窓を開けて忠告してくるが、友だちが中にいるんです!と答えて、中に入る。

 後ろから運転手が更に呼び止めてくるが無視を決め込む。


「何階にいるとかわかんないよね?」


「ごめん。そこまではわかんない」


「だよね。内海さんは危ないからここにいなよ」


「絶対やだ。1人のが怖いし」


 口調は強いが、そこは女の子。こういう所は怖いのだろう。

 仕方ないと諦めて、俺から離れないように伝えてから2人で中を進む。


 外から見るよりも中は暗く、人がいるとは思えないほど静まり返っており、コツコツという俺たちの足音だけが壁に反響して響き渡る。


 面倒だが、1つずつ部屋を見るしかないかと思い、扉の着いていない部屋を確認していくが、1階には誰もいない。

 同じように、2階、3階と確認するも誰もおらず時間を無駄にしてしまう。


 そして4階に上がった時に、なにを言っているわからないが、人の声の様なものが聞こえてくる。

 反響していてどこから聞こえてきているのか俺にはわからなかったが、内海さんはわかったようで、上の階だねと呟く。

 その言葉を信じて、5階まで上がると、4階までとは違い、5階と6階を分ける天井がなく、吹き抜けになっている。


「いい加減死ねよ!」


 先程よりも声がはっきり聞こえ、ゆっくりと音のする方に近づくと、建物の端の部屋から人の気配がした。


 他の部屋より大きなその部屋の奥にソファの様なものがあり、そこに恐らくリーダー格であろう人物が座り、部屋の中央には数名の男がなにかを取り囲むように立っていて、人だかりの中心に向かって蹴りを入れている。


 まさかと思ったら、俺の予想通りの事が起こっていた。

 人だかりの中心には獅子王くんが座らされており、周りは無抵抗の彼を蹴り続けていたのだ。


「獅子王くん!」


「ちょ!あんた馬鹿なの!?」


 我慢できずに俺が部屋の中に突っ込みながら声を出すと、内海さんは俺を止めようと手を掴んでくるが、それを振りほどく。

 部屋にいた全員の視線が俺に集まり、獅子王くんは心做しかほっとしたような顔をしている。


「なんだお前」

「獅子王の仲間じゃね?」

「俺らは知らないっすよ。初めてみたっす」


 会話から察するに、部屋にいる人たちは元々獅子王くんの友だちだった者もいるのだろう。

 それがなんでこんな事になっているのかわからないが、獅子王くんを助けないと行けないことだけは理解出来る。


「獅子王くんから離れろ」


「何言ってんだ?」

「穴原さん、こいつも締めていいっすか?」


 俺は冷たくそう言い放つが、腐ってもこんな廃墟ビルに集まるような奴らだ。それだけでビビるわけもなく、むしろ好戦的になったように感じる。

 穴原とはソファに座るリーダー格の男らしく、獅子王も諦め悪いしな。そいつをボコれば諦めてくれるだろと男たちに指示を出す。


「てなワケで、獅子王のお仲間さん。これからボコすからよろしく〜」


「おい!お前らの狙いはおれ様だろ!そいつに手出すな!」


「うるせぇ。死に損ないの癖に黙ってろよ」


 楽しそうに笑いながら近づいてくる男たちを獅子王くんが止めようとするが、腕を縛られているのが見え、抵抗できずに腹を蹴られてしまった。


 相手は20人くらいいるが、どうやって獅子王くんを助ける?と必死に思考を回転させていると、ポケットのスマホが着信を告げてくる。


 こんな時に。と思いながら、片手でスマホを取り出し、チラッと表示名を確認すると山田だった。


 俺はスマホを内海さんに投げ渡し、電話に出るよう伝える。


「ちょっと!あたしこの人知らな―――」


「とりあえず出て!乱橋さんが危ないかもしれない!」


 内海さんの言葉を遮りそう言うと、内海さんは渋々電話に応答する。

 その間も男たちは俺にジリジリと詰め寄ってくるので、身構えながらなんとか獅子王くんの元までたどり着こうとチャンスを伺う。


「もしもし。四宮は今手が離せないの!うん、わかった。今からいくから。四宮!!山田さん?が今から来いって!」


「今は無理!内海さん頼む!スマホは持って行って!パスワード掛けてないからすぐ開く!戻りながら堅治か善夜、もしくは架流さんって人に連絡して助けを求めて!」


 何かあったのだと理解するが、この状況で獅子王くんを置いていけない。

 内海さんはあぁ!もう!人遣い荒いんだから!と文句を言いながら部屋を出ていき、足音が遠のいていく。

 今できることはやった。あとはこの状況を乗り切って俺も戻らなければ。

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