第187話 純奈の居場所

story teller ~稲牙獅子王~


 おれ様は昨日のことで気持ちが落ち込んでしまい、いつもならほとんど家にいることはないが、今日は部屋から出られずにいた。

 それでも親が仕事から帰ってくると嫌味を言われるかもしれないので、午後4時をすぎた頃には気だるい体を動かし家を出る。


 あのカフェに行こうかとも考えたが、なんだか気が引けてしまい、無意識にいつもの古いゲームセンターに向かう。

 今でこそ友だちと呼べる人はいなくなってしまったが、そのゲームセンターは前まで仲間とよく集まっていた場所なのできっと心の安らぎをそこに求めてしまったのだろう。


 ゲームセンターに入ると、店内の奥の方で悲しそうに俯き、筐体をぼーと眺める制服姿の女の子を見つけた。


「よぉ。学校終わったのか?」


 おれ様が声をかけると、純奈はゆっくりとこちらを見上げ、泣きそうな目で見つめてくる。


「・・・どうした?」


 きっと昨日の事が関係しているのだと直感で気づくが、こっちから切り出していいものか迷い、とりあえず聞いてみる事にする。

 しかし純奈は泣きそうな理由は話してくれず、逆に確認してくる。


「・・・・・・まぁちょっとね。ってかどうせ乱橋からあたしの事聞いてるんでしょ?」


「あぁ聞いたよ」


「あんたはあたしの事軽蔑しないの?嫌わないの?」


「いじめた事に関してはダメだと思うし、酷いやつだなって思うよ。でもおれ様に軽蔑して欲しくてここに来たわけじゃないんだろ?」


 おれ様の質問に、目に涙を溜めながら唇を噛み締めていて彼女が答えることはなかった。でもおれ様を逃げ場としてここに来たことはなんとなくわかっていた。

 おれ様が太陽や穂乃果がいるあのカフェに行ってしまうのと同じなのだろう。


「お前は今でも穂乃果をいじめたいと思ってるのか?」


 純奈はキュッと瞳を閉じて、泣かないようにゆっくり息を整えてから、そんな訳ないと答える。


「悪いことしたってわかってる。反省してる。でもたぶん乱橋はあたしの謝罪なんて望んでない、のかもしれない・・・」


「それで泣きそうな顔してんのか」


 そんな顔してない!と彼女は否定してくるが、その目には今も涙が溜まっている。


「じゃあちゃんと反省してるんだな?それならおれ様は軽蔑しねぇよ。悪いことしたって自分で理解して、謝りたいって気持ちがあるだけ凄いじゃねぇか。ここでよければいつでも来いよ。おれ様もなるべくここに来るからよ」


 そう言って笑いかけると、ありがとうと言って純奈もやっと笑顔を見せてくれる。

 純奈がここに来るかどうか分からない以上、おれ様はなるべくこのゲームセンターに来て純奈を待たなければならない。

 そうなるとあのカフェには中々行けなくなるので、必然的に太陽たちとはほとんど会えなくなるだろう。


 純奈と穂乃果が仲直りしてくれればそんな事にならずに済むのだが、昨日の穂乃果を見るとそれは難しいだろう。

 おれ様は純奈と穂乃果、どちらとも仲良くしたいと思っているので複雑な気持ちになるが、純奈がおれ様のところに来たってことは、彼女も友だちと呼べる存在がいないのかもしれない。

 それなら、おれ様は純奈の為に出来ることをしよう。彼女の安らぐ場所になろう。


 気持ちを切り替えて、今日は純奈を元気付ける為に遊び倒そうと、純奈に提案しようとした時、ガシッと後ろから肩を掴まれる。

 振り向くと、この間まで仲良くしていたやつらが数名立っていた。


「獅子王さん。やっぱり俺らと一緒にきてくれませんか?成功したら金も女も手に入って勝ち組ですよ?将来も安泰なんですよ?」


「その話は前も断っただろ。世の中そんなはねぇよ。お前らこそ今からでも手を引けよ。手を引くならおれ様が助けてやる。そうじゃないなら話は終わりだ。純奈、行こう」


 おれ様は純奈の手を掴んで、そいつらを無視して店外に出ようとしたが、そいつらはおれ様たちの前に立ち塞がり、行く手を阻む。


「どけよ」


「そうはいかないんですよ。今日はなんとしてでも獅子王さんを連れて来いって言われてるんで」


 そう言うと男の1人がナイフを取り出しておれ様たちに向かって構えてくる。

 掴んでいる純奈の手が強ばり、恐怖しているのだと伝わってくる。


「ここじゃダメだ。お店に迷惑がかかる。移動しよう。あとこの女は無関係だから巻き込むな」


 おれ様はナイフを構えているを睨みつけながら、なるべく低く冷たい声で威嚇するようにそう伝える。

 これでお店と純奈に被害は及ばないと高を括っていたが、おれ様の予想とは裏腹に男は予想外な事を言い出した。


「ダメだ。そこの女も連れていく。お前が俺たちと来るって言うまでこの女には捕虜になってもらう」


 男がそう言うと、周りの男たちがおれ様たちを取り囲み、おれ様と純奈を引き剥がす。


「おい待て!純奈は関係ない!」


「ダメだ。あとお前が暴れたり、誰かを殴ったりしたらそこの女を殴るぞ」


 目に見える範囲でも7人に囲まれている。たぶん外にも数名待機しているだろう。

 無理やりにでも暴れて純奈を連れ出そうかとも思ったが、それが出来るのはこいつらが純奈に手を出さないのを前提とした場合だ。

 今のこいつらの目は本気で純奈に手を出しても構わないと思っているだろう。


「わかった。おれ様はお前らと行くよ。その代わり純奈を離せ」


 純奈の安全を第1に考え、おれ様は諦めて着いていく事にする。おれ様の言葉を聞いて男は満足気に笑うと、純奈を捉えている男たちに顎で指示を出し、純奈は解放される。


「で、これからどこにいくんだ?」


 おれ様が目的地を聞くと、男は素直に答えてくれた。


「隣町の幽霊ビルだよ」


「あぁ。あの雰囲気抜群の廃墟か」


 おれ様はアイコンタクトを送るために一瞬純奈を見る。

 おれ様が男に囲まれて連れていかれる様子を心配そうに見ていたが、おれ様の考えを察したのか黙って頷いて静かにその場を離れていく。


 理解が早くて助かる。

 店外に出ると、予想通り他にも男が待機しており、総勢18名になる。

 可能なら途中で逃げようかと思ったが、それも難しいようだ。

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