第186話 内海さんの忘れ物
story teller ~四宮太陽~
今日は乱橋さんを休ませたほうがいいということになり、乱橋さんを家まで送り届けて欲しいと月にメッセージを送る。
すぐに既読がつくことはなかったが、そのうち確認するだろう。
「今、月には連絡しました。それでこのカバンどうしましょうか?」
内海さんが忘れていったというカバンを見つめながらそう聞くと、店長は困った顔をする。
「後から取りに来てくれたらいいんだけど、乱橋さんと鉢合わせるのを恐れて来なかったら困るよね・・・」
俺が預かって明日学校で渡そうかとも考えたが、財布などの貴重品が入っていた場合、防犯上あまりよろしくないだろう。
「獅子王くんはあの子の連絡先とか知らない?」
店長が獅子王くんにそう問いかけるが、ふるふると頭を横に振る。
そもそも連絡先を知っていたとしても、携帯がカバンに入っていた場合連絡の取りようもないが。
「そっか。じゃあ一旦こっちで預かろうかな。もし明日学校で会ったら、私がお店で預かってるって伝えてくれる?」
店長は俺にそうお願いしてきたので、わかりましたと答える。
俺の方で乱橋さんと内海さんが鉢合わせないように調整すれば問題ないはずだ。
俺は休んだ乱橋さんの代わりに出勤することになったため、事務所に入りエプロンを着用する。
普段なら俺たちの退勤時間までお店に残る獅子王くんも、今日は落ち込んでいるのか、帰ると言って早々にお店を出て行ってしまった。
そんなに自分を責める必要は無いと思うが、今はそっとしておこうと思う。
______
次の日の朝のHRの直前。なるべく早い方がいいと考え、校舎の3階、1年生の教室がある場所に来ていた。
クラスが変わった内海さんが何組なのかわからず、1組から順に教室を覗いていく。
その度に、上級生である俺を不思議そうに1年生たちが見てくるので少し居心地が悪い。
そんな視線に耐えながら、4組を覗き込むと、教室の後ろの扉からすぐの位置に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
誰かと話しているわけでもなく、むしろ他の生徒から距離を置かれているように見える。
近くの生徒にお願いして内海さんを呼んでもらうが、その生徒もまた、乗り気では無い様子だった。
「なに?」
廊下に出てきた内海さんは俺を一瞥することも無く、床を見つめたままタメ口で聞いてくる。
タメ口を聞かれること自体は特に嫌では無いものの、不貞腐れた口調でそう言われたので少しイラッとする。
なんとか息を整えて怒りを殺し、なるべく落ち着いてカバンの件を伝える。
「もし取りに行くって言うなら乱橋さんとは鉢合わせないように調整するけど、どうする?それとも俺が預かって、明日またここまで持って来た方がいい?」
「自分で取りに行くから大丈夫」
そっか。取りに行くなら乱橋さんが休みだから明日にしてくれと伝えて切り上げようとしたが、内海さんはちょっと待ってと俺を呼び止める。
足を止めて振り返り内海さんを見るが、彼女は俯いたまま黙っている。
朝のHRの時間が迫っているので、なるべく急いで欲しいと思うが、話しにくそうにしているので少しだけ待つ。
「お願いがあるんだけど・・・」
「お願い?」
「うん。もし嫌なら断ってくれてもいいけどさ」
そう言って俺の反応を確認するようにチラッと見てくるので目が合うが、俺はお願いの内容を聞いてからじゃないと了承も断ることも出来ないと思い黙ったまま次の言葉を待つ事にする。
内海さんもそれを察したのか、ふーと息を吐いてからお願いを口にする。
「身勝手かもしれないけど、あたし、乱橋に謝りたいんだ。気づいてたかもしれないけど、一昨日も謝ろうと思って正面玄関で乱橋を待ってたんだけどさ。あたしを見て怯えてたでしょ?だから、もしよかったらあんたから乱橋に伝えてくれない?あたしが謝りたいって言ってるけど、会えないかって・・・」
今更なにを言っているんだと思う。
謝るくらいなら最初からいじめなんてしなければよかったし、なによりもあんなに怯えていた乱橋さんを見てもまだ自己満足の為に謝ろうとしているのかと心の中で怒りが湧いてくる。
ふざけるな!と怒鳴りつけたいが、廊下の真ん中、しかも1年生がたくさん見ている前でそんな事をする訳にもいかず、拳を思いっきり握りしめて必死に我慢する。
「・・・昨日乱橋さんは泣いてたよ。震えてたよ。それくらい君のことが怖いんだよ。それなのに君のために、君の自己満足の為だけに乱橋さんが嫌な気持ちになる様な事は伝えられない。謝りたいって思ったことは素直に偉いと思うよ。でも反省してるならこれ以上乱橋さんに関わらないで欲しい」
「・・・そうだよね。呼び止めてごめん」
そう言うと内海さんは教室に戻っていく。
その時に見えた横顔は悲しそうだったので、少しだけ心が痛むが、俺にとっては内海さんよりも乱橋さんの方が圧倒的に大切なので、これでいいんだと自分に言い聞かせる。
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