第185話 邂逅

story teller ~内海純奈~


 周りにも聞こえているのではないかと思うくらい心臓の音がうるさい。

 あたしと乱橋はお互いに目を合わせたまま動きが止まる。

 まさか昨日の今日で鉢合わせてしまうとは思わなかった。

 お互いの動きが止まっていたのは、きっと刹那の時間だっただろう。それでもあたしにとって永遠に感じた時間が過ぎ、先に動いたのは乱橋だった。


 踵を返して今さっき入ってきた扉から外に飛び出す。


「ちょ!穂乃果ちゃん!?」


 店長さんがカウンターの中から大きな声を出すが、その時には既に乱橋が飛び出した後だ。


 そして次に動いたのはあたしではなく稲牙だった。


 彼は瞬時に席を立ち、物凄いスピードで店外に出る。

 あの速度なら乱橋に追いつくかもしれない。

 でも追いついたところでどうなる。きっと連れ戻してくるのだろう。

 あたしはそう思うとすぐに外に出て、乱橋と稲牙が向かった方とは逆に向かって逃げるように走る。


 お店にカバンを忘れた事に気がついたのはそれからしばらくしての事だった。


 ******


story teller ~乱橋穂乃果~


 ここに居るはずのない、居てはいけない、居て欲しくない人の姿を見て、まばたきすら忘れ、一瞬動きを止めてしまう。

 そして、次の瞬間には無意識に逃げ出していた。


 あの時の出来事が次々と思い出される。

 また暴言を吐かれるかもしれない。また暴行されるかもしれない。

 そんな恐怖が私を包み込む。


 あそこは、あの場所は私にとって大好きな人と、大切な人たちと安心して一緒にいられる場所なんだ。

 そんな場所にどうしてあの人がいるの。

 走りながらどんどんと私の中の不安や恐怖といったマイナスな気持ちが膨れ上がる。


 すると、後ろから追いかけてくる足音が近づいてくる。内海さんだったらどうしようと振り返ることが出来ない。


 助けて。


 心の中で必死に大好きな人に助けを求めるが、特別足が早い訳でもない私はすぐに追いつかれてしまう。


「待てよ!穂乃果!」


 肩をガシッと捕まれ、その人は私の前に回り込んで私の足を止める。

 追いかけてきたのは獅子王くんだった。

 内海さんではない事に少し安堵するが、それでも1度思い出された恐怖や不安が消えることはない。


「急にどうしたんだよ」


 逃げ出した理由がわからない彼は、あたりまえだが疑問を表情に表していた。


「あの。えっと。内海さんが、その・・・」


 走ったことで息を切らし、恐怖と緊張、それから不安で体が強ばり上手く話せない。

 すると獅子王くんは優しく私の手を引いて近くのコンビニに入ると買い物をする訳でもなく、イートインスペースの椅子を引いて座らせてくれる。


「とりあえず落ち着けよ。な?」


 そう言って獅子王くんは背中をさすろうとしてくれるが、勝手に触っていいのかわからなかったのか手を引っ込めた。


 それからは何も言わずに黙って私を見つめて待っていてくれた。


 ******


story teller ~稲牙獅子王~


 イートインスペースに入ってしばらくすると、ポツリポツリとゆっくりながらも話をしてくれた。


 穂乃果と純奈の制服が同じなので、通っている学校が同じだとはわかっていたが、まさか同学年で更に一学期にいじめられていたとは驚いた。

 そして、その時に助けてくれたのが太陽や春風さんなど、今仲良くしている先輩たちらしい。


 おれ様はいじめられた経験もいじめた記憶もない。だから穂乃果と純奈、2人の気持ちを想像することは出来たとしても、ただそれだけだ。

 目の前で体を抱きしめながら震える女の子に言葉をかけることが出来ない。


 2人とも知り合ったばかり、しかも純奈に関しては今日出会ったばかりだが、それでも友だちを失ったおれ様にとっては、これから仲良くしていきたいと思った人たちなので、何も言えない自分が不甲斐ない。

 何よりも悪気がなかったとは言え、純奈をあそこに連れてきたのはおれ様だ。おれ様のせいでこうなってしまったのだと反省し、穂乃果に対してやっとの事で謝罪の言葉を口にするも、大丈夫ですと薄い反応を返される。

 そこからはお互いに黙ったまま椅子に座るだけ。


 このまま穂乃果をここに置いておく訳にもいかないので、太陽に連絡を入れることにした。

 過去に穂乃果を助けた経験があり、おれ様の直感でも太陽なら頼れるとそう思ったからだ。


 ******


story teller ~四宮太陽~


「ごめん。遅くなった!」


 送られてきた位置情報が示すコンビニに急いで駆けつけたが、この時点で既に獅子王くんから連絡を受けて20分は経っていた。


('ししおう' 穂乃果が大変だ。ここにすぐ来てくれ!)


 ただそれだけ送られてきたが、乱橋さんになにかあったのだと判断するのは容易だった。


 イートインスペースの椅子に座る乱橋さんは俺の顔を見ると、我慢していたのか瞳から涙を大量に流しながら抱きついてくる。


「太陽、、先輩・・・」


 か細い声で辛うじて発した言葉はそれだけ。

 俺は乱橋さんの背中に腕を回し、安心させるために抱きしめる。

 少し遅れて店内に入ってきた月は俺たちのそんな様子を見て、一緒になって乱橋さんを抱きしてめくれる。

 瞬時に判断して、取り乱すことなくこの状況を受け入れて、更には一緒になって乱橋さんを安心させようとしてくれる事に心の中で感謝する。


「獅子王くん、なにがあったの?」


 月は顔を乱橋さんに向けたまま獅子王くんに問いかける。


「こうなったのはおれ様のせいだ・・・」


 そう言って、獅子王くんはこの状況を説明してくれた。


「なるほど。でも獅子王くんに悪気があった訳じゃないからとりあえず自分を責めないで欲しい」


 俺がそう伝えるも、獅子王くんは申し訳なさそうな表情のまま俯いている。


 気がつくと店員や周りのお客様が俺たちを気にしている事に気がつき、ここにいると邪魔になるし、獅子王くんの話だと、店長は今も1人で乱橋さんを心配している事だろうと思い、一旦バイト先に向かうことにした。

 もし内海さんがまだいるとしたら、乱橋さんを会わせる訳には行かないので、乱橋さんを月に任せ、俺と獅子王くんだけで向かう。


 店内に入ると、店長は俺が来たことに少し驚いている様子だったが、後ろから着いてくる獅子王くんを見て、俺が彼に呼ばれたと察したようだ。


「四宮くん。なにがあったか教えてくれる?」


 お店にも迷惑をかけてしまったので誤魔化す訳にもいかず、今あった事と一学期に乱橋さんに起こった出来事を素直に話した。

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