第184話 稲牙獅子王のオススメの場所

story teller ~春風月~


 昼休みになり、私たちはいつもの様にみんなで集まって昼食を食べていた。


「今日バイト休みなんだけどさ、久しぶりに放課後みんなで遊びに行かない?」


 太陽くんがみんなにそう問いかける。

 太陽くんのシフトは穂乃果ちゃん経由でみんなに共有しているので、太陽くんがお休みなのは分かっていた。

 だからここで大切なのは、を悟られないようにする事なのだが、いいねと言いたいのか、秋川くんと車谷くんはぎこちない動きで黙ったまま首を縦に振るだけなので、誤魔化すどころか逆に怪しまれるのではないだろうか。

 2人は演技に向いていないようだ。


「2人ともどうしたの?」


 案の定だ。太陽くんは2人に対して怪訝そうな顔を向けている。

 仕方ないので私は2人をフォローする事にした。


「いい提案だね!太陽くんはどこか行きたい場所とかあるの?」


「うーん。ここに行きたいとかは特にないかな。みんなで遊べたらいいなって今思いついただけだし。逆にみんなは行きたい場所とかある?」


 太陽くんはみんなと言っているが、その視線は秋川くんと車谷くんに向けられている。

 この2人はマズイ!と思ったが、すかさず光がフォローを入れる。


「はい!フ〇ッペの新商品出たらしいから飲みたい!」


 光ナイス!

 太陽くんは2人から光へと視線を移動させて、新商品でたんだ!何味?と話題を広げていく。

 よかったと安堵するが、隣に座っている表情の変わらない穂乃果ちゃんだけがなんだか寂しそうにしている気がする。


「どうしたの?」


「えっ?あっ、えっと・・・すみません、私は出勤なのでいけないです・・・」


 そういえばそうだったと思い出し、その場の空気が少し淀んだ気がする。

 穂乃果ちゃん。気が利かなくてごめんなさい。


 ******


story teller ~内海純奈~


 稲牙に連れてきてもらったこのカフェは非常に居心地がいい。

 店内の雰囲気も落ち着いていて、あたしたち以外に客がいないので、周りを気にする必要がないところもとてもいい。お店側としては良くないかもしれないが。


 昼食を食べるだけのつもりが、あまりの居心地の良さに気がつけば長居してしまっている。

 スマホで時間を確認すると、最後のSHRも終わっている時間になっており、既に放課後だと気づく。


「ここいいね。お気に入りになったかも」


 そう感想を呟くと、目の前に座る稲牙は誇らしげにだろ?と言って笑顔を見せてくる。


「ここおれ様のお気に入りの場所なんだよ。純奈もお気に入りにしていいぜ」


「ぜひぜひ!お客さん増えるのは嬉しいわ〜!」


 自分のお店でもないのにお前が許可するのかよと思ったが、店長さんもノリよく反応してくれている。

 この店長さんも少し変わった人というか、フレンドリーな人で話していて楽しい。かえぴょんって呼んでと言われた時は反応に困ったけど。


「うん。また来ようかな」


 あたしは手に持ったコップに向かってそう言いながら、そろそろ帰ろうかと思い、コップをテーブルに置く。

 もう学校も終わりかけているから、ここから家に帰れば親にも怪しませずに済むだろうしと席を立とうとしたが、そんなあたしを稲牙が引き止める。


「もう行くのかよ?まだいようぜ」


「いや、さすがに長居しすぎでしょ。それにあたしは学校終わるまで時間潰せれば良かったわけだし」


「これからおれ様の友だちつーか、知り合いつーか。まぁ仲良くしてるやつらが出勤してくるからさ、もう少し待てよ。純奈の事も紹介してやるよ」


「あんた友だちいたんだ?」


「バカにしてんのか!」


 稲牙とのやりとりに、ふふっと無意識に笑みが零れる。

 あたしの言ってることが冗談だと分かっていたかのように、稲牙も口調こそ怒っているが表情は楽しそうである。


「わかったよ。もう少しだけ待つよ」


 せっかく紹介すると言ってくれているし、仕方ないから待つか。


 あたしは1度上げた腰を再度椅子に下ろし、その友だちが来るのを待つ。

 この時間から出勤ということは高校生だろうか。同じ学校の人じゃなければいいなと考えるが、まぁそんな偶然あるわけないかと1人で勝手に結論を出す。


 しばらく待っていると、おはようございますと言う声と共にお店の扉が開く。


「よっ!おはよう!穂乃果だけか?太陽は?」


「おはよう穂乃果ちゃん」


 あたしは聞き覚えのある声と、稲牙と店長さんの2人が呼んだ名前を聞いて冷や汗をかく。

 そんなはずはない。こんな偶然はありえない。

 そう思いながら、扉の方に目を向ける。


 そして、店内に入ってきた人物と目が合ってしまった。


 謝りたいとは思っていた。機会が欲しいとも思っていた。それでも、それは今じゃない。まだ心の準備が出来ていない。


 緊張と焦りであたしの喉が一気に渇くのをかんじた。


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