第182話 毎日の日課

story teller ~稲牙獅子王~


 夏休みが終わってしまうと、太陽たちが出勤するのは学校終わりになるので、昼からあのカフェに行くのはなんだか申し訳ない気持ちになる。店長なら居るだろうけど。


 いっそ太陽たちも学校なんてやめて、おれ様と一緒に昼間から遊べたらいいのになんてありえない事まで考えてしまう。


 今までに関わりを持たなかったタイプの人たち。こんなおれ様の事も偏見なく受け入れてくれた人たち。

 友だちと呼んでいいのかどうか、出会ったばかりなのでわからないが、少なくともあの人たちを自分の中の心の拠り所にしてしまっているのだと自覚する。


 早く学校終わんねぇかな。終わったらまたあのカフェにいってやろう。今日はなんの話をしようかな。


 そんな事を考えて無意識に笑みが零れている事に気がつく。

 1人でニヤついていては変な人になってしまうと思い、頬を固くする。

 そして、目の前の筐体にお金を入れ、ゲームをプレイしようとした時、店内に最近まで仲の良かった奴らが入ってきた。


「よ、よぉ!元気か?」


 知らないふりをするのも憚られるので、とりあえず声を掛けるが、そいつらは特に反応せずおれ様の声は虚空に消える。


 わかっていた事だか少し傷つく。それでもこいつらなりの優しさなのだと理解している。

 本来ならおれ様はここにいちゃいけない。いや、ここに居たら囲まれて殴られてもおかしくはない。


 おれ様はせめて迷惑はかけないようにと、こいつらといつも遊んでいたその場所を後にする。

 お金を入れた筐体からゲームスタートと音声が流れ、おれ様の背中にぶつかるがそれを無視する。

 行く場所もなく、ただひたすらに、無意識にあのカフェを目指していた。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 獅子王くんは知り合った日からほぼ毎日の様に俺のバイト先に通っており、今日も当たり前のように来ていた。

 そして、俺たちが退勤するまで待ち、俺たちと共に店を出るという、ほぼ従業員と言ってもいいくらい滞在する。


「2人ともお疲れ!」


 バイトが終わり事務所から出ると、獅子王くんが俺と乱橋さんに労いの言葉を投げかけてくる。


「お疲れ様。そういえば獅子王くんいつもこの時間までいるけど、他にやる事ないの?」


「そうだな。やる事もないしここにいる方が楽しいからな」


 ニカッと歯を見せて笑う彼を見ると、ほんとの事なのだろうとわかる。

 詳しいことはわからないが、友だちと仲違いしたらしいし、家にも居ずらいならここに来る以外にほんとにする事がないのかもしれない。


 3人で店を出ると月が待ってくれていて、俺たちの姿を見て、ぱぁっと明るい笑顔を向けてくれる。


「太陽くんお疲れ様!穂乃果ちゃんも!」


「いつも来てくれてありがとう」


「お疲れ様です」


 夏休みから何度も続くこの4人の光景にも慣れてきた。

 朝も家まで迎えに来てくれて、夜もバイト先に迎えに来てくれるので、月はちゃんと自分の時間を確保出来ているだろうか。俺がバイトの時くらいは夏木さんたちと遊んだり、家でゆっくりしててもいいとは思うのだが、そう言っても迎えに来るんだろうな。


「獅子王くんもこんばんわ」


 月に挨拶された獅子王くんはやっぱり俺たちへの態度とは違って、こんにゃ、こんばんわ!と緊張しているのか、噛みながら返している。

 そして、挨拶もそこそこに、獅子王くんはじゃあおれはこれで!とさっさと立ち去ってしまう。

 俺としてはもう少し話をして彼がどんな人物なのかもっと知りたいが、いつもこの調子でさっさと帰ってしまう。仕方なくバイト中にできる限り話すようにしているのだが、彼はあまり自分の事を話そうとはせず、こっちから聞いても、誤魔化すように笑って話題を逸らすのだ。

 そのため、獅子王くんが実は葛原と繋がっているのではないかと疑っているのだが、もう少し様子を見ないことにはなんとも言えない。

 まぁ月に対しての態度だけで言えば、ただ月の事を意識しているだけの男の子って感じなのだが。


 まぁ少しずつ仲良くなればそのうち色々話してくれると信じて、今は様子を見ようと思い、月と乱橋さんに帰ろうかと伝えて、3人で帰路に着いた。


 ______


「獅子王くんってさ、ほとんど毎日いるよね?なんでとかって聞いてないの?」


 乱橋さんを家まで送り届け、月と2人きりになると、不思議そうに俺にそう聞いてくる。


 俺や乱橋さんはバイト中に獅子王くんとなんだかんだで絡んでいるが、月は俺たちのバイトが終わったほんの少しの間に挨拶をするくらいなので、俺たち以上に獅子王くんの行動がわからないのだろう。


「うーん。一応聞いてみたこともあるけど、楽しいからとか他にやる事もないからとか、そんな事しか言ってくれないんだよね」


「そうなんだ。他にお友だちいないのかな?」


「いるみたいだけど、仲違いしたみたい。喧嘩ではないって本人は言ってたけど・・・」


 月は心配そうな表情を浮かべながら、そっか。大丈夫かな?と言っている。

 俺たちになにか出来ることがあればいいが、獅子王くんも俺の中ではまだ警戒対象から抜くことが出来ないので、複雑ではある。逆に知り合ったばかりの俺たちには話せない事情もあるかもしれない。


「じゃあもしなにかあったら助けてあげようね?」


 月は決意したように俺の手を握る反対の手で小さくガッツポーズを作る。

 可愛らしいその行動に俺も同意するように頷くと満足気に大きく手を振って歩き出す。

 俺も月の動きに合わせて一緒に手を振ると、嬉しそうに笑いかけてくれる。

 周りから見たらバカップルかもしれないが、誰に迷惑をかけている訳でもないので、今は難しい事は忘れてこの時間を楽しむことにした。

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