第181話 下駄箱で待つ乱橋さん
story teller ~とある女子生徒~
不覚だった。よりにもよって乱橋穂乃果と仲のいい四宮太陽の友だちに目を奪われてしまうとは。
あたしは急いで階段を駆け上がり、屋上に続く扉に背を預けて座り込み、上がった息を整えるために何度か深呼吸する。
下の階から数名の生徒の声が聞こえるが徐々に遠のいていく。
屋上へ行くには扉の鍵を開けなければいけないので、ここに来る人はまずいない。
乱橋穂乃果へのいじめが発覚し、同学年の生徒からは距離を置かれてしまっているので、教室に居場所もないし、一緒になっていじめていた子たちともクラスが変わったことで疎遠になってしまった。元々高校からの知り合いなので、それも仕方ないのかもしれない。
学校での居場所がなくなる。それが乱橋穂乃果をいじめたあたしへの罰なのだと理解しているし、それを受け入れようとしている。
もちろん、乱橋穂乃果には悪い事をしたというのも分かっているし、反省もしている。
だから機会があれば謝りたいとも思っている。しかし、乱橋穂乃果がそんな事望んでいないだろう事も理解しているので、未だに謝れずにいた。
あたしははぁと息を吐き、俯いた時に手に持っていたパンの存在を思い出す。それと同時に先程のカッコイイ男子生徒の事も。
四宮太陽と一緒に居たということは、たぶん2年生だろう。もしかしたら乱橋穂乃果とも仲がいいかもしれない。
それにしても、あんなにカッコイイ上級生はいただろうか。
******
story teller ~四宮太陽~
「はぁ。善夜、あんたさぁ!はぁ」
先程の購買での事を意気揚々と話す善夜に対して、夏木さんは何度もため息を吐いている。たぶんその女子生徒が善夜の事をどう思ったのかに気がついたのだろう。
当の本人はなんでため息を吐いてるの?とばかりにキョトンとしている。
「太陽も一緒にいたんだろ?その女子生徒はどんな反応してた?」
「そりゃあ頬を赤くしてたし、善夜に目を奪われてるように見えたよ」
堅治が面白がるように聞いてくるので、隠すことでもないと思い素直に答える。乱橋さんをいじめていた人っていうのは乱橋さんがいる場では言わない方が良いだろうと考え、そこは伏せる事にした。
善夜はあれはボクがパンを無理やり渡したからびっくりしてただけだよ!と否定しているが、この男は自分がどれだけ整った容姿をしているのか、ほんとに自覚していないのだろうか。もしそうだとしたら罪深いぞ。
「でも車谷くんの素顔がこんなにイケメンだなんてびっくりしました」
「もしかして涼も善夜の方がいいのか・・・?」
「まさかですよ。カッコイイとは思いますが、1番は堅治くんですよ」
「涼〜!!」
はーい。イチャイチャが始まりましたのでこの2人は放置する事にします。
夏木さんも堅治たちのイチャイチャに呆れた顔をしている。
2人のおかげで結果的に善夜の話題から逸れたようだ。
隣からの甘い空気を無視しつつパンを齧っていると、堅治たちとは逆の方、つまり右側から袖をちょいちょいと引っ張られる。
「どうしたの?」
「えっと、私も太陽くんの事が1番好きだからね?」
堅治と冬草さんの雰囲気にあてられたのか、月までそんな事を言ってくる。
もちろん嬉しいが、夏木さんからの視線が痛い。睨まないで欲しい。
しかし、月は物欲しそうに俺を上目遣いで見つめてくるため、みんなの前では恥ずかしいが、月にだけ耳打ちしてちゃんと言葉にして伝える。
「俺も月が1番好きだよ」
自分の体温が急激に上がるのを自覚して、誤魔化すようにパンを頬張る。
月は満足そうに、えへへとニヤケている。
「ここはダメだ。明日から別の場所で食べよう。穂乃果も一緒においで」
「えっ?私もですか?」
夏木さんは冗談でそう言ったつもりだろうが、乱橋さんは本気で捉えてしまっている。
月が必死に気をつけます!と言っているが、余計に乱橋さんは困惑して、えっどうしたらいいのですか?と言っている。
そんな様子を見ながら、こんな平和が続けばいいのにと思っていた。
______
放課後になり、バイトに向かおうとカバンに荷物を詰め込んでいると、乱橋さんからのメッセージが入る。
バイト先まで一緒に行こうとの事だ。
いくら友だちとは言え、女の子と2人きりでバイト先まで行くのを月に黙っているわけにはいかないので、席替えで少しだけ近くなった月の背中に声をかける。
「月。今日バイト行く時乱橋さんと一緒に行ってもいいかな?」
振り向いた月は気にしていないように、うん。いいよ!と笑顔で返してくれる。
念の為、乱橋さんからのメッセージも見せようかと開いたままにしていたが、その必要すらないようだ。
「じゃあ先にいくね!善夜と夏木さんはまた明日!月はまた後でね!終わったら連絡する!」
俺は3人に声をかけてから教室を後にする。
正門で待ち合わせましょうと乱橋さんから追加でメッセージが届いたので、踏み外さないように1段ずつ確実に、でも待たせたら悪いと思い、急ぐように階段を下りる。
下駄箱に着くとなぜか正門で待ち合わせのはずの乱橋さんが待っていて、俺を見てすぐに駆け寄ってくる。
そして、俺が声をかけるより先に腕にしがみついてくる。
「どうしたの?」
「すみません。少しだけこうさせてください。そのまま行きましょう」
俺は乱橋さんに言われるまま下駄箱から正面玄関へと歩みを進める。
その途中で乱橋さんが隠れている原因に気がついた。
正面玄関の端の方、そこに昼休みに見た女子生徒の姿を発見したのだ。
だから正門で待ち合わせのはずなのに、下駄箱で待っていたのだろう。
腕に触れる乱橋さんの手が若干ながら震えているので、きっと怖いのだろう。
「大丈夫だよ。すぐに通り過ぎるから」
そう震える彼女に声をかけながら、女子生徒を視界の端に捉えつつ1歩ずつ、乱橋さんを引っ張らないように歩く。
すると女子生徒はこちらに気がついて1歩近づき、なにかを言いかけるように口を開く。しかし、乱橋さんの様子を見てからか、すぐに顔を背けてしまった。
ゆっくりと歩き、女子生徒から距離が離れた事を確認し、腕にしがみついている乱橋さんに話しかける。
「もう通り過ぎたから大丈夫だよ」
乱橋さんは恐る恐る周りを見渡し、女子生徒がいない事を確認すると俺の腕から離れる。
「すみません。ありがとうございます」
「いや、教室まで迎えにいけばよかったね。配慮が足りなかった、ごめん」
謝ると、四宮先輩は悪くないですよと言ってくれる。
俺はよく頑張ったねという意味で乱橋さんの頭を撫でる。
長い髪がくしゃくしゃと風に揺れ、少しボサボサになってしまったので、最悪ですと言いながら手ぐしで髪を整えている。
それにしても、あの女子生徒は俺たちになにを言おうとしていたのだろうか。
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