第171話 月のお願いと穂乃果の気持ち

story teller ~乱橋穂乃果~


 バイトが休みで特にやることもなくダラダラしていたところ、月さんからお願いしたいことがあると呼び出されたため、私は出かける準備をしてから待ち合わせ場所の某有名コーヒー店に向かう。


 時刻はお昼すぎ。お店には夏休みという事もあり、学生だろうか?若者が多く見られる。

 店内を見渡し、奥の席に月さんが座っているのを発見し注文するより先にそちらに向かう。隣には光さんの姿も見える。


 みんなとは帰ってきてからまだ顔を合わせてなかったので、島での事を思い出して少しの気まずさを感じながら2人に声をかける。


「すみません。お待たせしました」


「こんにちは穂乃果ちゃん」


「待ってないよ。ほらこっち座って」


 許して貰えたとはいえ、があった後なので緊張していたが、2人はいつも通りの笑顔で私を迎えてくれたので杞憂だったようだ。

 4人がけの席の通路側、光さんの隣に座り2人の話に耳を傾ける。


「善夜がさ、バイクの後ろに乗せてくれないんだよね。もう免許取って1年経つから2人乗りOKなはずなのに」


「危ないからじゃない?」


「そうかもしれないけどさー。バイク2人乗りで遠出とかしたいじゃん。せっかく夏休みだしさ」


 善夜さんがバイクの免許持っている事を初めて知り、なんだか意外だなと感じる。見た目も中身も大人しいので、失礼かもしれないが、バイクを乗っている姿を想像すると似合わないなと思ってしまう。


「穂乃果どうかした?」


「えっ?私なにかしていましたか?」


「いや、ずっと黙ってるから。なにか考え事?」


 別に意識して黙っていたわけではないが、善夜さんにバイクが似合わなくてなんて光さんの前では口が裂けても言えない。

 私はなんでもないですよと答えてから、呼び出された理由を聞くために話を切り出す。


「それで、月さんのお願いってなんですか?」


「あっ、えっとね。穂乃果ちゃんも秋川くんたちから鍛えるって話聞いてるよね?」


「はい。聞いてます」


 私がこくりと頷いたのを見て、じゃあ説明は不要とでも言うように月さんは話の中身を飛ばしてお願い事だけを伝えてくる。


「太陽くんと出勤が被る時は、穂乃果ちゃんが太陽くんを見ててくれないかな?」


「私がですか?」


「うん。今さっきも光と一緒に太陽くんの様子見に行ったんだけど、店内に入るとさすがに楓さんに迷惑かなと思って外から眺めただけなんだ。だから出勤が被った時だけでもお願いできないかなと思って」


 店長なら月さんたちが毎日のようにお店に入り浸っても迷惑とは思わないはず。むしろ喜ぶのではないかと思う。でも仮にそうだったとしてもこの人たちは気を使ってしまうのだろう。


「それは別に構いませんが・・・。さすがに送り迎えはしないですよね?私としてはしてもいいのですが、その・・・。月さんからすると私がそこまでするのは面白くないですよね?」


 個人的には四宮先輩と少しでも一緒に居られるなら嬉しい。けどそんな事をして月さんと四宮先輩に気持ちを気づかれる訳にもいかないし、なにより今、隣に光さんがいる。この人には私の気持ちがバレてしまっているから素直に送り迎えもしますとは言えない。


 月さんは少し悩むように眉間に皺を寄せて口を紡ぐ。そんな表情でも素敵に見えてしまうのだから、この人がいかに整った顔をしているのかがわかる。


「夏休み期間中は私が送り迎えしようかな?だから穂乃果ちゃんは二学期が始まったら学校からバイト先までは太陽くんと一緒に行ってくれる?帰りは私が太陽くんをお迎えにいくから。学校始まってからもずっと私が着いて歩いたらさすがに太陽くんも不審に思うかもしれないし」


 あの人なら月さんと一緒に居られるってだけで喜んで不審には思わないかもしれない。けれどもそれを伝えると私が四宮先輩と一緒にいる時間が無くなってしまうかもしれないと思い、黙っておく事にした。

 光さんはなにか言いたそうに口を開きかけるが、途中で止めて言葉を引っ込めたように見える。


「わかりました。それでもし四宮先輩に変わったところとかがあればその都度連絡でいいのですか?」


「うん!ほんとは私が任された役目だから自分でしなきゃいけないのに、お願いしちゃってごめんね?」


 顔の前で両手を合わせて謝ってくる月さんに、大丈夫ですよ。協力し合いましょうと伝える。


 私は夏休みが終わったあとの楽しみが出来たと気持ちを高ぶらせるが、それと同時に月さんに対しての申し訳なさを感じる。


 2人の邪魔はしたくない。けど好きな人とは少しでも一緒にいたい。

 そんなどっちつかずの気持ちのせいで、葛原さんに利用されてしまったのだから、本当はさっさとどちらか決めてしまった方がいいだろう。と言うよりも四宮先輩の事は諦める方がいい事は自分でもわかっている。

 それでも、初恋と言っても過言ではないこの気持ちを簡単に捨てられるわけもなく、心の中で2つの気持ちがせめぎ合っている。


 隣に座る光さんからの視線を感じ、気まずくなった私は、注文してきますと2人に伝えて席を立つ。

 注文の列に並びながら、心の中で自分に言い聞かせるように、月さんに一方的に約束を誓う。


 2人の邪魔はしませんし、お願いされた事はしっかりと全うします。だから少しだけ、バイトに向かう間だけでも四宮先輩を感じさせて下さい。本当にごめんなさい。


 結局は自分に甘いだけだと分かってはいるが、これが今の私に出来る精一杯だった。

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