第170話 山田に起きた出来事。

story teller ~四宮太陽~


「おはようございます」


 バイト先であるカフェに入り、カウンターに立っている店長に挨拶をする。


「四宮くんおはよう。めちゃくちゃ久しぶりだね」


 本当は帰ってきた翌日には出勤の予定だったが、母さんたちに怪我の経過を見てからでないとダメだと言われ、追加で1週間休みを貰っていたので、実に2週間ぶりの出勤である。

 平日ではあるものの、世間では夏休み、それも昼時にも関わらずお客様は1組もおらず暇そうである。


「急に追加で休んでしまってすみません」


「それはいいんだけど、怪我は大丈夫?」


 カウンターから出てきた店長は、俺の足先から頭までじっくり観察するように視線を移動させ、指と頭に巻かれた包帯を見て、うっと表情を歪めた。


「めちゃくちゃ痛そうなんだけど、ほんとに大丈夫?」


「大丈夫です。経過は良好みたいです。指は折れちゃってますが、頭は髪の毛が邪魔してガーゼだけ貼ることが出来ないので包帯で押さえてるだけですよ」


 俺の説明を聞いて、それならいいんだけどと言いながらカウンターに戻っていく。

 実際、頭の怪我に関しては傷も塞がってきているのでそろそろ包帯もガーゼも要らなくなるだろう。


 俺は出勤時間が迫っていたため、事務所に入りエプロンを着用してから表に出る。

 いつもなら誰かが出勤した時点で他の仕事をする為に事務所に籠る店長だが、今日は俺が表に出てもカウンターの中でぼけーっとしている。


「発注とかありますよね?俺見とくんで事務所で作業してていいですよ?」


「いやいや、怪我してる人に全部任せる訳にはいかないでしょ。四宮くんは出来ることだけやってくれればいいよ。出来ないことは私がやるからさ」


 気を使ってくれているのだろう。暇そうだし俺としては困ったら声をかけるから店長しか出来ない仕事を進めてくれて構わないと思ったが、断るのも野暮だと思い、ありがとうございますと伝える。


 店長と2人でカウンターに立つ事はなかなかないので、新鮮さを感じながらぼーっと店の入口を眺める。

 すると帽子を深く被った女性2人が店の前を行ったり来たりしている事に気づく。

 もしかしてお客様かな?と思いながら、店から出て声を掛けるべきか考えていると、横から店長が話しかけてくる。


「そういえばさ、四宮くんの代わりに山田が出勤してくれた時さ、山田の知り合いの女の子が来てたんだよね」


「女の子ですか?」


「うん。凄く可愛い子でさ、それこそ月ちゃんと同じくらい可愛かったんだよ」


 夏木さんに関わらない限りは、山田の恋愛関係にはあまり興味がないので、そんな可愛い女の子の知り合いがいたのか程度にしか考えていなかったが、店長の次の発言に俺は驚くことになる。


「でもその次の日に山田が顔を腫らして出勤してきてさ。なにがあったのか聞いたら修羅場っただけだって言って詳しく話してくれなかったんだよね」


「顔を腫らしてた!?」


「うん。もしかしたらあの可愛い子には彼氏がいて、山田はその彼氏に殴られたのかなーって思ってるんだけど、四宮くんは何も聞いてない?」


 俺はなにも聞いてないですと返事をする。

 帰ってきてから代わりに出勤してくれたお礼のメッセージを山田に送りはしたが、既読無視されている。俺と山田の関係性でそれは当たり前の事なので特に気にしていなかったが、なにかあったのでは?と心配になる。


「四宮くんにも話してないかー。本人が話さない以上しつこく聞くのもダメかと思ってたんだけど、やっぱ気になるなー」


「後で聞いてみますよ。答えてくれるかわかりませんけど・・・」


 俺がそう言うと店長は、話せない内容なら全然共有しなくてもいいからねと言ってくるが、元々ここの従業員だった事もあり本当に心配なのだろう。表情は少し曇って見える。


 山田には架流さんを紹介して、葛原の周りを色々と調べてもらっているのでもしかしたらと考えてしまうが、もし葛原関係なら俺にしっかりと共有してくれるはずだ。架流さんからも連絡がないところを見るに、山田は誰にも話していないのかもしれない。

 そう考えていると、ポケットのスマホが震える。確認すると俺の思考を読んだかの様に架流さんからのメッセージが届いていた。


('かける' よくない話があるから伝えておくね。山田くんと一緒に、葛原の周りを調べてもらってた人たちと連絡が取れなくなった)


 そのメッセージを見て、心臓のリズムが早くなるのを感じる。

 今店長が話した内容と架流さんからのメッセージの内容、その2つが自分の頭の中で繋がる気がした。


 山田の知り合いで月と同レベルで可愛い女の子が来た。そして次の日山田は顔を腫らしていた。もしかしてその女の子って葛原じゃないか?


 山田本人に確認していない以上、その女の子が葛原かどうかわからないが、可能性は高いだろう。

 そう考え、店長にすみませんと一言謝ってからスマホをカウンターの下に隠しながら操作する。


('SUN' 山田が俺の代わりに出勤してる時に、女の子がお店に来てたみたいです。店長曰く、月と同じくらい可愛い女の子だったらしいんですが、その子が来た次の日に山田は顔を腫らしていたらしいです。もしかして葛原に勘づかれた可能性ないですか?)


('かける' なるほど。可能性は十分あると思う。今日バイトだったよね?次の休みはいつ?)


 俺は明後日が休みですと伝えると、じゃあ山田くんに会って話出来ないか確認してみるから予定空けといてと返事が来る。

 分かりました。お願いしますと返事をしてスマホを閉じると、店長が声をかけてきた。


「なんかあった?凄い顔になってるよ?」


 俺は焦りが表情に出ていた様で、店長は心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫です。ちょっと友人がトラブっちゃったみたいです」


 俺はまだ山田になにがあったのかわからないので、無駄な心配はさせたくないと思い誤魔化す。

 素直に話そうにも、俺たちと葛原の関係を話せる訳もないし、話せたとしても上手く説明出来る自信が無い。

 とりあえず今は架流さんの返事を待つしかない。


 そしてバイトに集中しようと思った時に、店の前にいた女性たちの事を思い出し外を眺めるがいつの間にか居なくなっていた。


 そういえばあの人たちが着ていた服、月と夏木さんが着ていた事があった気がする。

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