第167話 利用される側かする側か。

story teller ~雷門来海~


「なんで葛原はわざわざ乱橋さんの実家に俺たちを誘導したんだ?この島じゃないと出来ない事があったのかな?」


 太陽さんのその発言で、穂乃果さんは何かを答えにくそうにしている。

 私はなんとなく察して、穂乃果さんを連れて病室を後にする。


 診療所の外に出てから、なるべく病室の窓から離れたベンチに座り、周りを確認して穂乃果さんに話しかける。


「さっきの事なんですが・・・」


 私だけが知っている穂乃果さんの秘め事。それが関わっているのだと思い病室を出たのだ。


「穂乃果さんが太陽さんの事を好きだっていうのが関係してるんですよね?」


 穂乃果さんは私の目を見てこくりと頷く。


「連れ出してくれてありがとうございます。助かりました」


「いいんです」


 私は穂乃果さんの手を握り、味方である事を示す。

 穂乃果さんも私の想いを察したのか、手を握り返してから話し始めた。


「直接的に四宮先輩を奪い取れとは言われませんでしたが、今思えば四宮先輩と月さんの邪魔をさせたかったのかも知れません。だから実家に帰る時にみんなを誘えと、葛原さんは言ってきたのだと思います」


「でもそれだと表さんをこの島に送った理由がわかりません。私が居たとしても、帰ってから手を出させることだって出来たはずです。その方が皆さんの邪魔も入らずに私と表さんを引き合わせやすいのではないですか?」


 私はそこだけが理解出来ずにいた為、疑問を口にする。

 穂乃果さんはその事に関しても考えがあるようで、それはと続ける。


「たぶんですが、来海ちゃんがこの島に来れなかった時は来海ちゃんを守る人が周りにいなくなります。それこそ、来海ちゃんと表さんを引き合わせやすいですし、仮にこの島に来たとしても、警察もすぐに動けず、周りからの協力も得ずらいこの島なら都合が良かったのかもしれません」


 なるほどと納得する。

 葛原さんという人は穂乃果さんに太陽さんと月さんの仲を邪魔させ、表さんを使って私に手を出してきた。この2つの計画を一度に実行しようとしたのだろう。

 仮に穂乃果さんが太陽さんたちの仲を邪魔できなかったとしても、私と表さんを利用すれば少なくとも計画の1つは問題なく実行できると踏んで。


 結果的に、私のせいでみんなが傷ついてしまったといっても過言では無い。私もみんなに謝るべきだと思う。


「私はきっとみんなに嫌われてますよね・・・」


 穂乃果さんはそう言うと今にも泣き出しそうになっている。

 そんな事ないですと伝えるが、それでも瞳に涙を蓄えたままだ。

 この人はこんなにもみんなの事を大切に思っている。そして、太陽さんの事を特別に感じている。

 そんな穂乃果さんの気持ちを利用した葛原さんの事を絶対に許せない。


 私は心の中で静かに怒りを自覚する。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 帰りの船の甲板で潮風に当たりながら、船に乗る前の事を思い出していた。


 診療所を出てから乱橋さんの家に戻った時に、加藤って人に何を言われたのか、なぜ表たちを解放したのかを乱橋さんのお父さんに確認したが、怖いのは加藤ではないと言っていた。

 それ以上はなにも教えてくれず、大人の世界だと言って、ただただ悔しそうに、心苦しそうに、すまないと頭を下げるだけだった。


 本当に怖いのは葛原という事か。いや、あの反応を見るに加藤よりも上がいるのだろう。

 もしかすると、葛原は加藤を利用しているつもりが、加藤に利用されているだけの可能性すらある。

 なにもわからない以上憶測の域を出ない。

 九十九や表の様に、暴力で俺たちを制してこようとしてくる相手ならどうにか出来るかもしれないが、加藤や他の大人まで出てきた時にはただの暴力ではなく、金や権力にものを言わせてくるだろう。

 そうなった場合、俺たちだけでは対処しようがないし、母さんや桜木先生、警察など頼れる周りの大人を頼ってもどうにもならないかもしれない。


 そんな風に考え、そうなる前に俺が葛原の元にのも視野に入れるべきかもしれないと思ってしまう。


 もちろんそんなのは嫌だし、月や他のみんなとずっと一緒に居たい。

 でももしこのまま取り返しのつかない事になるくらいなら・・・・・・。


「太陽くん。何してるの?」


 そんな俺の思考を読んだかのようなタイミングで月が声をかけてくる。すぐ隣に来るまで気が付かなかった。


「いや、ちょっとね。考え事」


「なにか悩んでた?」


 俺は自分の顔に出ていたのかと思い焦るが、月の様子からしてそういう訳ではなくただの偶然でそう聞いてきただけのようだ。


「悩みって程じゃないよ。乱橋さんのお父さんからは何も聞けなかったなって思ってただけだよ」


「そっか・・・。体は大丈夫?」


「うん。指の骨は時間かかるみたいだけど、それ以外は特に問題ないよ。頭の傷ももうそんなに痛くないし。お風呂で濡らすのが怖いけど」


 心配そうに俺を見つめる月を安心させるために少しおちゃらけて答えるが、月の表情は変わらず俺の腕に優しく、触れるか触れないかくらいの力で抱きついてくる。


「また私のせいで骨折させちゃってごめんね・・・。私といると太陽くんが傷だらけになっちゃうね」


「何言ってるの。月のせいじゃないよ。前の腕の時も今回も、骨を折ったのは自分のせいだよ。それに月を守るために負った傷は名誉の負傷だよ」


 俺は本当に月のせいだとは思っていないので、月には負い目を感じて欲しくない。

 名誉の負傷だとしても傷つくだけでダメだよと月も笑って返してくれる。


 この笑顔はずっと隣で見ていたいと思う。

 葛原の事でどれだけ怖い目に合っても俺と一緒に居てくれて、笑顔を向けてくれる可愛い恋人を守りたい。

 その為に俺に出来ることがあるなら、なんでもしよう。

 そう心に決めて、海を眺める。


 あぁ。このまま港につかないで欲しい。帰ったらきっと母さんに怒鳴られるから。


 ______


 俺と星羅が家に着くなり、母さんは玄関まで出てきた。

 終わったと軽く絶望を感じたが、俺たちの予想を裏切り、母さんは俺たちを抱きしめてきた。


「電話が来た時はビックリしたわよ。心配したんだから」


「ごめんなさい。私がもっとちゃんとお兄ちゃんを見ていれば」


「いや、星羅は悪くないよ。俺が勝手に足を滑らせたんだから」


 母さんは俺たちを離すと、俺の頭に軽く巻かれた包帯と固定された指を見て、目が潤んでいる。

 静かな家で1人で過ごし、そんな中で息子が怪我をして診療所に運ばれたと聞かされれば、怒りよりも心配や不安が勝つのは当たり前だと今更思う。


「母さん。ほんとごめんね。次から気をつけるから」


「いいのよ。2人とも無事に帰ってきてくれたんだから。おかえりなさい」


 そう言って再度俺たちを抱きしめる母さんに、俺と星羅は帰ってきてからまだ言っていなかった言葉を声に出す。


「「ただいま!」」

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