第165話 みんなの決意
story teller ~車谷善夜~
ボクたちは太陽が目を覚ましたと聞いて、診療所に向かっていた。
本来であれば一昨日には自分の家に帰っていたはずだったが、太陽は倒れたまま目を覚まさず寝たきりだったため、ボクたちも島に残っていた。
頭を叩きつけられていたのがコンクリートや砂利ではなく、乱橋さんの家の庭先であり、更に前日の大雨で土が少し柔らかくなっていた為、頭の傷も見た目よりは浅かったらしい。
「それにしても、善夜も秋川も優希くんもよくあの状態から挑んだよね。正直四宮以外はダメだと思ったよ。架流さんはまぁなんとなく大丈夫かなって思ってたけど」
「なにそれ。僕って不死身だと思われてる?さすがにしんどかったよ」
光さんは冬草さんたちを代表するように、助かったよ。ありがとうとボクたちに伝えてくる。
「いや、あの時本当はそのまま寝っ転がってたかったよ」
「善夜もか。俺もだ」
「俺もです。あの時は早く終わらせないと太陽さんが大変な事になるって。なんとなくそう思って・・・」
たぶん堅治と優希くんもボクと同じ事を思ったのだろう。
あの時の太陽はおかしかった。
春風さんを助けようと立ち上がったまではよかったが、1発男を殴った後から無邪気に笑みを浮かべ、まるで暴力を楽しんでいるように見えた。さながら暴力を振るうために生まれてきた悪魔のような。
それでも、あの時はそんな太陽に頼るしかなかった。
あのまま太陽の方を止めていたらきっとボクたちは表たちにされるがままだったし、それなら太陽を手伝って早く終わらせる方がいいと思ったのだ。
「・・・・・・あんなお兄ちゃん初めて見た」
星羅ちゃんは俯いたまま地面にそう零して立ち止まってしまう。
今までに見たこともない自分の兄を見て怖かったのだろう。その声は今にも泣き出しそうな声になっている。
「大丈夫です。あの時は四宮くんも興奮してただけですよ。きっと」
冬草さんが星羅ちゃんを抱きしめて背中を摩る。星羅ちゃんは冬草さんに抱きつくと服をギュッと握りしめている。
家族であり、長い事一緒にいる星羅ちゃんでも見たことの無い太陽の姿。それだけであの時の太陽が異常だったのだとわかる。
冬草さんも星羅ちゃんを安心させるために興奮していたからだと言っているが、あれはもしかしたら太陽自身も知らなかった1面なのかもしれない。
「でも太陽がああなったのは、きっとオレたちのせいでもあるよな」
堅治の言葉に、光さんがどういう事?と疑問を口にする。
「オレたちが簡単にやられなければ涼やみんなを守れたわけだろ?みんなを守れていたらそもそもあんな事にはならなかったし」
堅治は後悔するように握りしめた拳が震えている。ボクも同じ気持ちだった。
そんな事を言えば太陽は逆に謝ってくるだろう。俺のせいで葛原の計画に巻き込まれているんだからと。
それでも友だちとして助けたいし、太陽1人に押し付ける訳にはいかない。
「ボクたちはもっと強くならないと。みんなも太陽も守れるように」
もうみんなを危険に晒す訳にはいかないし、また太陽にだけ頼る訳にもいかない。
ボクは誰に言うわけでもなく自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。
「それならいい考えがある」
架流さんはボクの言葉を聞いていたのか、そう言ってみんなの視線を集める。
ボクたち1人1人と目を合わせてから、話を続ける。
「僕の知り合いに喧嘩がちょー強い人がいるんだよ。その人も今は落ち着いてるんだけどさ、その人にお願いして戦えるようになればいいんじゃないかな?」
「それはボクたちが喧嘩に勝てるようになれってことですか?」
「そうじゃないよ。喧嘩なんてしない方がいいし、今後葛原が関わってきた時はそうならないように対処する事が大切だよ。出来るなら葛原にもこちらからアクションを起こして、これ以上関わらないようにしたい。でもきっと葛原はそんな事しても諦めない。だから最悪戦えるようになっておこうって事。戦えるようになればそれだけで自信に繋がるし、心に余裕も生まれる。そうすれば咄嗟の事にも対処出来るようになるかなって」
架流さんの言いたいことはわかった。使える手段は多い方がいいし、結果的に対処出来ることが増えるという事だろう。
正直今までも運や周りの助けでなんとかなっていただけで、ボクたち自身の実力でどうにか出来た場面は少ない。
「オレは賛成だな。架流さんの言う通りだし」
「俺もいいと思います。星羅ちゃんを守れるようになりたい」
堅治と優希くんが賛成した事で、じゃあそうしようという流れになるが、ボクは1つ疑問に思ったことを確認する。
「太陽も一緒に?」
「・・・いいや。太陽くんには内緒にした方がいい」
架流さんの返答を聞いた来海ちゃんがどうしてですか?と聞き返す。
「来海ちゃんはまたあの太陽くんが見たい?」
そう問いかけられ、ううんと来海ちゃんは頭を横に振る。
「あの時の太陽くんを見て、正直ポテンシャルはあると思ったし、この場にいる誰よりも強くなるかもしれない。けどそれはまた太陽くんがああなる可能性もあるんだよ。今まで暴力とは無縁だったのに、月ちゃんを助けたい一心で限界を超えて無理やり体を動かすために、太陽くんの心は暴力を楽しんでた。もし、自分は強いと自信を付けさせてしまったら、守るために戦うのではなく、戦うために守ろうとするかもしれない」
そうならない為に僕たちが強くなるんだよと、架流さんは来海ちゃんに言い聞かせる。
みんなもその方がいいと頷く。
「でも太陽に内緒にするのって難しい気もするよね。場所もないし」
「四宮がバイトの時にだけ集まるようにすればいいんじゃない?穂乃果も四宮には内緒にできるでしょ?」
光さんに聞かれた乱橋さんはこくんと頷く。
彼女は彼女で反省しているのか、今日はずっと喋っていない。
「集まる日は参加出来るかどうかその都度連絡取るとして、場所どうしようか。なるべく太陽くんのバイト先から離れてる方がいいよね。それとなるべく葛原に悟られない場所だね。出来れば葛原対策の作戦も話し合える場所が好ましいけど・・・」
ボクらはそんな条件の整った場所があるのかと頭を悩ませる。
すると、それならと寄宮さんが挙手して発言する。
「わたくしの家なんてどうですか?敷地も広いですし、お父様のトレーニングルームもあります。月さんに太陽くんを連れ出すように協力を仰げば、内緒で集まることも可能かと」
「花江ちゃんが大丈夫ならありがたいよ」
「わたくしは大丈夫です。お父様もいいと言うと思いますよ」
とりあえず寄宮さんがお父さんに確認してから連絡すると言うことになり、ボクたちは診療所に足を向けた。
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