第160話 来海ちゃんの攻撃

story teller ~四宮太陽~


 俺と表はお互いに睨みあい1歩も動かない。

 この場をどう切り抜けるか必死に考えるが、架流さんが戻ってくるか。それとも誰かが助けを呼びに行ったか。

 そんな希望に縋ることしか出来ず、俺一人ではどうにもならない事を自覚して、無力さを痛感する。


 俺はみんなの事が気になり、チラリと森から抜ける道を見る。


「他の人たちが気になる?」


 俺が後ろを気にしているのが分かったのか、表は嘲笑う様な口調で聞いてくる。


「安心しなよ。今頃みんな楽しんでるさ」


「架流さんが向かったからそんな事にはならないよ」


 俺は希望的観測でそう答え、再度表を睨みつけるが、表はそれはどうかなと俺の言葉を否定してくる。


「横山架流ってせいぜいその辺の人よりも喧嘩慣れしてるってだけだろ?残念だけど、俺と一緒に来た連れは学生時代から暴力で成り上がってきた様な奴らだ。横山架流が勝つなんて万一にもありえないな」


 それが本当だとすると、確かに架流さんが負けてしまうと想像してしまう。

 それでも今の俺には架流さんが勝つと信じるしかなかった。


 すると俺の後ろから足音がして、その音を確認するために振り向く。

 そこには1人でこちらに向けて走ってくる来海ちゃんの姿があった。


「来海ちゃん!どうしてここに!」


 来海ちゃんは俺の隣まで来ると、息を整えながら答えてくれる。


「はぁはぁ。助けに、来ました。架流さんが太陽さんを助けに行けって」


 来てくれたことはありがたいが、正直来海ちゃんが来たからといってこの状況をどうにかできるとは思えない。

 架流さんが来ないということは、架流さんは動けない状況にあるということだろう。


「来海。来海。会いたかったよ来海!!」


 急に表がそう叫ぶ。

 耳がキーンとなる感覚を覚え、思わず塞いでしまう程の声量だ。


「来海。俺に会いに来てくれたんだね?」


 表は気持ち悪い笑みを浮かべながら、感動の涙を流す。

 それほどまでに会いたかったのだと理解するが、果たしては純愛と呼べるのだろうか。


 俺は来海ちゃんを守るように体を前に出す。


「太陽さん?」


「来海ちゃんはこの人と付き合ってるとか、好き同士とかそういう訳じゃないでしょ?」


「何言ってるんだ!俺と来海は愛し合っている!」


 俺は来海ちゃんに問いかけたのだが、なぜか表がそう答える。

 俺は来海ちゃんが怖がっているのではないかと様子を見るが、意外にも力強い眼差しで表をじっと見ていた。

 そして、来海ちゃんは俺の予想を超えた発言をする。


「・・・表さん。私が表さんと一緒にいます。だから、穂乃果さんを、その人を離してくれませんか?」


 来海ちゃんは自分と引き換えに、乱橋さんの解放を要求している。


「来海ちゃん、ダメだ。そんな事したら来海ちゃんがどうなるか・・・」


「私なら大丈夫です。穂乃果さんを解放して貰ったら太陽さんはすぐにみんなを助けに向かってください」


 来海ちゃんはそう言うと、表に向かって歩いていく。


「そんなのダメだよ。みんなの中には来海ちゃんも入ってるから」


 俺は来海ちゃんを止めようと、腕を掴み自分の方に引き寄せる。

 すると俺にだけ聞こえるように、小声でこう言ってきた。


「大丈夫。・・・お兄ちゃん、私を信じて」


 ニコリと笑い、俺の手を優しくほどいて再度表に向かって歩いていく。

 なにが大丈夫なのかわからない。けれども俺は止めることが出来ず、来海ちゃんの様子を見ていることしか出来なかった。


「来海。やっと俺の元に来てくれるんだね」


 表は近づく来海ちゃんを抱きしめようと、腕を広げ、乱橋さんは力なくその場に倒れ込む。

 そして、表と来海ちゃんが触れられる距離になった時、えい!と可愛い声が聞こえたかと思うと、表がその場に膝から崩れ落ち、俯きながら悶絶している。


「いっっっってぇええぇぇーーーー!!!」


 なんと、来海ちゃんが表の股間を思いっきり蹴りあげたのだ。

 俺は予想外の出来事に驚き、目と口が開きっぱなしになってしまう。


「太陽さん!穂乃果さんを!」


 来海ちゃんは呆気に取られている俺にそう指示すると、乱橋さんの腕を掴み、無理やり立ち上がらせようとしている。


「んーー!!!穂乃果さんも立って!」


 だが女子中学生の力では足りずに、乱橋さんは立ち上がらない。

 俺はすぐに乱橋さんに駆け寄り、脇の下に頭を通して支えながら立ち上がらせる。


「来海ちゃん行こう!」


 俺がそう声をかけて走り出そうとすると、待て!と表が俺の脚を掴んでくる。


「逃がすわけないだろ」


「離せよ!」


 俺は手を振りほどこうと脚を動かすが、乱橋さんを抱えながらだと動きが制限されてしまい、振りほどくことが出来ない。

 すると俺と表の間に来海ちゃんがスっと入り込んでくる。


「表さん。あなたの事はいい先輩だと思うようにしていました。でも私の友だちに手を出した事は許せません。だからあなたとはお付き合いできないです。さよなら」


 来海ちゃんは表に対してそう冷たく言い放ち、バチンと表の頬に平手打ちをする。

 表は打たれた頬を両手で押さえ、怒りと困惑の混ざったような表情でそのまま立ち上がってくる。

 だが、それが良くなかった。

 股間を押さえていた両手が頬に移動したことにより、大事な部分がガラ空きとなる。

 その結果、再度来海ちゃんの蹴りを股間に食らうこととなった。


「あうぅ!!!いてぇぇぁああぁえぇぇ!!!」


 悲鳴なのか奇声なのかわからない声が森に木霊するが、そんな事は気にせずに俺たちは走り出した。


 そして森を抜けた俺たちは、倒れている堅治たちに駆け寄る。


「堅治!」


 堅治は返事がないまま、虚ろな目で俺に見ている。

 俺は堅治の腕を取り、無理やりに起き上がらせる。

 少し離れたところから架流さんも体を引きずりながらやってくるが、そのボロボロな様子をみて、思わず目を覆いたくなる。


「ごめん、太陽くん。負けちゃった」


 ははっと優しい笑みを浮かべているが、実際は痛みと悔しさで強がっているだけだろう。


「来海ちゃんもよく太陽くんを助けてくれたね。ありがとう」


「いえ、私に出来ることをしただけです」


「それでも助かったよ。ありがとう」


 俺は来海ちゃんにお礼を言ってから、善夜と優希くんを起き上がらせる。


「みんな大丈夫?殴られた場所痛いかな?」


 架流さんの声掛けに、善夜と優希くんはもう大丈夫ですと返事をする。

 しかし、頬や鼻などを押さえているのでだいぶ痛むのだろう。


「よし、じゃあ満身創痍な感じだけど、まだやることがあるから頑張らなきゃね」


 俺たちはお互いに目を合わせて頷く。


「月たちを助けに行こう」

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