第158話 ヒーローの敗北と絶望
story teller ~秋川堅治~
太陽と架流さんが森に入っていってしまい、残されたオレたちは2人が戻ってくるまでその場を動かずにいた。
「太陽くんたち2人で大丈夫かな?」
春風さんが心配そうに森への道を見ている。
オレも2人が心配だが、たぶん春風さんの心配している理由とは違う意味だろう。
森に入る時の架流さんは少し太陽を急かしているように見えた。そして、さっきから乱橋さんの様子がおかしい事にも気づいている。
なんだかオロオロして落ち着かない様子だ。
「乱橋さ―――」
「こんばんわ〜」
乱橋さんに声をかけようとしたタイミングで、いつからそこに居たのかわからないが、オレたちから少し離れた場所に男たちが立っていて声をかけてきた。
最初は島民かと思ったが、近づいてくる男たちの表情を見て絶対に違うと確信した。
ニヤニヤと笑っており、なにかわからないが嫌悪感が全身を駆け巡る。
他のみんなもそう思ったのか、警戒するように身構えている。
しかし、そんなオレたちとは違い、乱橋さんだけは驚きとも疑念とも取れる表情を浮かべて棒立ちになっている。
そして、水の中の金魚の様に口をパクパクさせた後、声を絞り出すように男たちに話しかける。
「・・・・・・なんでいるんですか?」
「えっ?あれ?良一から聞いてない?」
「あれ〜?乱橋ちゃんは聞いてると思ってたんだけどなぁ」
「まぁいいじゃん。俺らと遊ぼうぜ」
「そうそう。元々そういう予定だったし」
乱橋さんはこの人たちの知り合いなのか?
そんな疑問が頭に浮かび、オレは乱橋さんに聞いてみる。
「乱橋さん。この人たちは知り合いか?」
「知り合いというか・・・その・・・」
歯切れが悪そうに言い淀み、オレの欲しい答えが返ってこない。
とりあえずオレは目の前の男たちを警戒して、近くにいた涼と春風さんを引っ張って後ろに下げる。
それを見た善夜と優希くんも同じように、夏木さんと星羅ちゃんを自分の後ろに隠している。
そして周りを見渡してから気づく。花江がいない。
この状況でどこに行ったのかわからないが、厄介事が増えてしまったと思う。
この男たちを警戒しながら花江を探すのは困難だ。
「とりあえず横山架流はいないみたいだし、サクッと遊んじゃおうぜ」
「そうだな。ねぇ君たち、近くに空き小屋があったんだけどさ、そこで俺たちと遊ぼうよ」
「あっ男はいらないから帰っていいよ」
ゲラゲラと笑う男たちの言う遊びとはそういう事なのだろう。虫唾が走る。
オレは少し後ろに下がり、涼と春風さんにだけ聞こえるように小声で考えを伝える。
「とりあえずオレたちでこの男たちの足止めするから涼たちは逃げてくれ。あと花江がいない。乱橋さんの家に戻ってからでいいから探してくれないか」
涼たちは返事はしなかったが頷いてくれたので、それを確認してから、オレは行け!と声を出そうと息を吸い込む。
だが、結果的にオレは声を出すことが出来なかった。
ゴッっという鈍い音と共に俺は空に浮かぶ三日月を見上げていた。
オレが涼たちに一瞬だけ視線を移動させた瞬間に、男の1人が音もなく近寄ってきており、顎にアッパーを食らったと自覚する頃には地面に転がっていた。
「何してんの。殴ったら暴行じゃん」
「いや、女の子の前にいて邪魔だったしさ」
「だからってアッパーかよ。えげつねぇ」
余りの痛みに目を閉じてしまい、視覚での情報は入ってこないが、そういって笑っている男たちの声だけが聞こえてくる。
そして、その後は何度か鈍い音が聞こえたと思うと、ドサッとなにかが倒れる音がして、うめき声が聞こえる。
きっと善夜と優希くんも殴られたのだろう。
それからは、地獄にでもいるかのような涼たちの悲鳴と男たちの楽しそうな声だけが辺りに鳴り響く。
周りに民家がない事は先日島を見て回った時に分かっているので、島民の助けは期待できない。
止めなければと思うが、立ち上がる事が出来ない。
痛みが少しだけ引き、辛うじて片目を開き状況を確認する。
涼たちは男たちに腕を掴まれ、引きずられるようにどんどんと離れていく。
その中に乱橋さんがいない事に気づき、助けを呼ぶように言おうと目だけを動かし見える範囲を見渡すが、姿がない。
既に助けを呼びに行っている事を期待するしかない。
もう今のオレに出来るのはそう願うことだけだった。
すると森の中から凄い勢いで音がこちらに近づいてくる。
その音の正体は、森から飛び出したかと思うと、周りを見てすぐに、離れていく男たちに向かって走っていく。
悔しいが、その後ろ姿を見て安心してしまった。
架流さんが来た。
男たちに飛びかかるように蹴りを入れ、まずは涼と春風さんが解放される。そして2人はすぐにこちらに走って来て、オレたちを介抱しようとするが、なんとか声を絞り出しそれを断る。
「いっつ。。。オレたちはいいから、乱橋さんの家まで逃げろ。そして誰でもいいからこの事を伝えてくれ」
「わかりました!すぐに助けを連れてきます!」
そう言うと涼と春風さんは乱橋さんの家の方向に走っていく。
続けて解放されたのか、夏木さんと星羅ちゃんも涼たちに着いていくようにオレたちを無視して通り過ぎていく。
それでいい。
そう思い、あとは架流さんが勝つのを見届けるだけだと思ったが、夏木さんたちが走っていった後を、男のうちの2人が追いかけていく。
「不意打ちで油断した」
「女の子たち追わないと」
なんでだ。架流さんは?
架流さんの様子を見ようと首だけを動かして、認めたくない現実がオレの目に飛び込んでくる。
架流さんが地面に倒れている。
あれだけ強かった架流さんが負けた?
残った2人の男が、倒れた架流さんを何度か踏みつけ、ゆっくりとこちらに歩いてきてそのまま通り過ぎていく。
ダメだ。その先に涼たちがいるんだ。
オレは必死に手を伸ばし、男の脚を掴もうとするがギリギリ届かずに、行き場を失った手は力なく地面に落ちる。
嫌だ。ダメだ。涼。
心を絶望が支配し、体が力なく冷たくなっていくのを自覚した。
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