第144話 島

story teller ~四宮太陽~


 乱橋さんの故郷の島は、とても小さく人口も少ないらしい。

 船が停泊した港もそれほど大きくはなく、船から降りた俺たちはその田舎っぷりに新鮮さを感じていた。


「なんか空気が綺麗な気がする!」


「気のせいだよ。潮の匂いしかしない」


「もう光ってば!こういうのは雰囲気を楽しむの!」


 月は取りた途端に荷物を地面に置き、その場でくるくると回り、全身で潮風を浴びている。

 白いワンピースがふわりと舞い、中が見えそうになっているので、そっと近づき押さえる。


「太陽くんどうしたの?」


「なんでもないよ」


 月が回るのをやめたので、ほっと胸を撫で下ろし、地面に置かれた月の荷物を持つ。


「自分で持つよ?」


「いいよ。そんなに重くないし、たまには彼氏らしい事させて?」


 船での事もあるので少し気を使っているところはあるが、それ抜きにしても荷物を持つくらい彼氏としてそれくらいはしたい。

 現に堅治や善夜、架流さんも自分の荷物+自分の彼女の荷物を持っている。架流さんと花江さんが付き合っているかどうかはわからないけど。

 優希くんの荷物は星羅が持っているが、まぁ優希くんは現在進行形でしんどそうなので仕方ない。


「ここから歩いて向かうの?」


「そうですね。10分ほど歩きます」


 善夜の問いかけに乱橋さんが答えると、10分・・・と絶望した顔で優希くんが反応している。

 可哀想に。帰りは酔い止めを買ってあげよう。


「いきますよ」


 乱橋さんの掛け声でみんなが歩きだす。


 今のところ島民は数名しか見かけておらず、とても静かな島って印象だ。

 港だからか風が結構あり、潮の香りと風に揺れる木々の音が心地よい。

 8月だと言うのにめちゃくちゃ涼しくて、ここで寝ろと言われても問題なく眠れそうな気がする。


「太陽くん。手繋いでもいい?」


 月が隣から声を掛けてくるので、左肩に荷物を全て移動させてから月の手を握る。

 荷物が左側に偏ったことで少し歩きにくいが、彼女が手を繋ぎたいと言えば繋ぐ。今回の旅行はめいいっぱい月を甘やかすと決めている。


「気持ちいいね」


「そうだね。過ごしやすい島でよかった」


「将来はここに住もうかな」


「いいね。一緒に静かに過ごすのも悪くないね」


「えっ!?それって、えっと・・・」


 月の言葉を俺への提案と取り返答したが、月は顔を赤くしている。俺も早とちりしたみたいで恥ずかしくなる。

 てっきり結婚した後の話かと思っていた。どちらにせよ俺は結婚する気満々だけど。


「真夏なのに太陽たちは暑いなー。この島が涼しくてよかったぜ」


「堅治くん!私も堅治くんとこの島で一緒に住みたいです!」


「ちょっと待て、嬉しいけど、それはその、ちょっと照れる」


 俺たちを茶化してきた堅治は冬草さんにやられている。

 俺と月はそんな2人を見て笑ってしまう。

 堅治の方が立場が上に見えるのに、実際は冬草さんには敵わないらしい。


 そんなふうにみんなで雑談しながら島の中央を目指して歩いていると、目の前に月の家よりもデカいのではないかと思うほど大きな平屋が現れる。


「ここが私の実家です」


 そう言うと乱橋さんは敷地内に入り、玄関を開ける。

 ここが乱橋さんの家?お嬢様なのか?


「お母さーん。ただいまー」


 乱橋さんは普段よりも少し砕けた様な口調で家の中に声をかける。

 するとバタバタと音がして、奥から乱橋さんのお母さんと思われる女性が出てきて、乱橋さんに抱きつく。


「おかえり穂乃果」


「ただいま。久しぶりですね」


「久しぶりね。向こうでは色々あったんでしょ?大丈夫?」


「もう大丈夫ですよ。友だちが助けてくれました」


 2人はギュッと抱き合い、再会を噛み締めているようだ。

 俺たちはそんな様子を見ながら、敷地内に入っていいのかどうか迷っていると、乱橋さんのお母さんがこちらに気づいて声をかけてくる。


「穂乃果の言ってたお友だちね。どうぞ入ってください」


 俺たちはお邪魔しますと言ってから、案内されるがまま居間に入る。

 そこは畳の部屋になっており、部屋の真ん中にとても大きなテーブルが置かれている。

 そこに座って待っててくださいと言われ、俺たちは荷物を置いて好きな位置に座る。


「穂乃果ちゃんの家デカイね・・・」


「そうでしょうか?普通ではありません?」


「いや、花江ちゃんの感覚は狂ってるから」


 架流さんの感想に花江さんが返すが、たぶん花江さんの家はもっと大きいのだろう。あの架流さんが花江さん相手に少し引いてる。


「畳凄い落ち着く」


「優希くん。大丈夫?少し横になったら?」


 壁にもたれている優希くんを、星羅が心配そうに手を握っている。さっきよりは顔色が良くなったように見えるから少しづつ良くなってるのだろう。


「来海ちゃんもこっちおいで」


 カップルが多いこの空間で、1人部屋の端に座っている来海ちゃんに月が声をかける。

 寂しかったのか、途端に顔が明るくなりこちらに駆け寄ってくる。

 そして、俺の隣にちょこんと座る。


「えっと、呼んだのは月だよ?」


「来海ちゃんは太陽くんの事大好きなんだね」


 月は来海ちゃん相手だと嫉妬しないのか、優しい顔で来海ちゃんにそんな事を言っている。

 言われた側の来海ちゃんは赤面して、すみませんと誤っているが、別に月も怒っている訳では無いので謝る必要はないと思う。


「お待たせしました」


 そう言って部屋に入ってきた乱橋さんとお母さんは、冷たい麦茶を俺たちの前に置いていく。

 ありがとうございますとお礼を言ってから、船から何も飲んでいないカラカラの喉を潤す。


「みなさん、穂乃果と仲良くしてくださりありがとうございます」


「いえ、俺たちの方こそ乱橋さんにはお世話になってます」


 俺たちにお茶を配り終わった乱橋さんのお母さんは丁寧に頭を下げてくるので、俺たちもそれに倣って頭を下げる。


「学校での事は紫、この子の姉から聞いてます。色々と助けて下さったそうで」


「ボクたちは何もしてないですよ。助けたのはこっちの太陽と春風さんです」


 善夜は俺たちを乱橋さんのお母さんに紹介する。

 すると、俺たちの前に来てありがとうございますと再度頭を下げてくる。同じように乱橋さんも頭を下げる。


「友だちを助けるという当たり前の事をしただけなので、そんなに畏まらないでください。乱橋さんも頭を上げて?」


 俺の言葉に2人は頭を上げる。


「穂乃果と紫から聞いてた通りいい人ですね。穂乃果がほ―――」


「ちょ、ちょっとお母さん!」


 なにか言おうとしていたが、乱橋さんが焦って言葉を遮る。ほってなんだろう。


「乱橋さん、今なにか―――」


「へ、部屋に案内しますね!男性と女性で分かれてもいいですよね?」


 俺が聞き返そうとしたが、それも遮られてしまい、荷物もって下さい!行きますよ!と乱橋さんはみんなを案内し始める。

 そんなに聞かれたくない事だったのかな。

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