第143話 船の中
story teller ~九十九朝日~
入店音が鳴り、店に客が来たことを知らされる。
俺はまた客が来たよと思いながら、事務所からレジに出る。そして、来店した客の顔を見て、事務所に逃げる。
「九十九さーん。ちゃんとレジに立たないとダメですよー!」
他に客がいないのをいい事に、そいつはレジの向こう側から大声で叫んでいる。
このまま騒がれても敵わんと思い、仕方なく事務所から出る。
「九十九さんのバイト姿面白いね」
「何しに来たんだよ。笑いに来たなら帰れよ、横山架流」
俺の姿を見てケタケタ笑う横山架流にそういうと、いや、話があってさと言ってくる。
「話しってか、なんでここに俺が居るってわかったんだ」
「企業秘密かな」
きっとどこかから情報を手に入れたのだろう。こいつも葛原と同じでたくさんの情報網を持っているらしい。侮れない。
聞いても教えてくれないなら仕方ないと思い、横山架流が話始めるのを待つ。
「最近葛原とは会ってる?」
「・・・ノーコメント。会ってたとしても情報は渡さないよ」
実際はほとんど会っておらず、たまに連絡が来る程度だが、こいつも秘密が多いのなら俺も秘密にしていてもいいだろう。
「まぁどっちでもいいけど、僕が家に行っても出てきてくれないからさ」
「当たり前だろ。1度は葛原に協力しておいて、四宮太陽側に寝返ったお前は警戒されてるに決まってる」
「四宮くんがどうかしたんですか?」
レジから少し離れた場所から声がして、なんてタイミングだと思う。
飲料をウォークインに補充しに行っていたはずの甲斐くんが戻ってきていた。
「あなたも太陽くんの知り合いですか?」
「?はい。自分の後輩ですが・・・」
「いやー、横山くんも偶然四宮くんの知り合いなんだよね?ね?ここにいるみんな四宮くんの知り合いだなんて奇遇だなー」
自分でも無理があると思うが、誤魔化すためにおちゃらけた態度を取る。
甲斐くんにはお世話になっているし、妹が懐いている。俺と四宮の間になにがあったのか出来れば知られたくない。
「九十九さん、なにその態度、キモイ」
横山架流にキモイと言われ、殴ってやろうかと思うが必死に我慢する。
俺が必死に怒りを抑えていると、2人は話し始めている。
「俺は甲斐一之輔って言います。四宮くんの先輩ですか?」
「僕は太陽くんの友だちの横山架流です。太陽くんの1つ上の学年ですけど」
自己紹介を始めてしまった。出来れば繋がって欲しくないが、この際仕方ない。あとで横山架流には釘を指しておこう。
******
story teller ~四宮太陽~
俺たちは船に乗り、乱橋さんの実家のある島に向かっていた。
奇跡的に全員の予定が合い、念願の旅行となった。
花江さんは家族にだいぶ無理を言ったみたいだが、そのお陰で船代も全額花江さんのお父さんが払ってくれたらしい。めちゃくちゃありがたい。
これから数時間波に揺られるらしいが、船に乗るのは初めてなのでテンションが上がる。
「四宮先輩。あそこトビウオがいますよ」
「あっほんとだ。本物は初めて見た」
「太陽さん、カモメが!カモメが!助けてください!」
「来海ちゃん、手に持ったパン離して、あとで新しいの買ってあげるから」
俺の両隣には乱橋さんと来海ちゃんがおり、2人は船に乗ってからずっと俺にベッタリくっついてくる。
後ろで、月と星羅が頬を膨らませているので、乱橋さんたちからそっと距離を取る。別に悪気はないんだけど、ちゃんと謝ろう。
「2人ともごめん。乱橋さんと来海ちゃんからはなるべく距離取るから」
「別に怒ってないよ。ね、星羅ちゃん」
「怒ってないですよね?月さん。一緒にあっち行きましょう」
2人は顔を見合せてから船の前の方に行ってしまう。あれは完全に怒ってる。あとでもう1回謝ろう。
そう思っていると、堅治と架流さんが俺の隣に来て肩をポンと叩いてくる。
たぶん、大変だよなって事なんだと思うけど、この2人が意気投合してるのは新鮮な気がする。
「懐かれてるのはいい事かもしれないけど、ちゃんと彼女も構ってあげなよ」
「そうだぞ。せっかくの旅行なんだ、春風さんを楽しませてあげなきゃ。星羅ちゃんは優希くんに任せたいけどな・・・」
そんな優希くんは船酔いで潰れており、善夜と夏木さんの2人が面倒を見ている。優希くんが別の意味で1番大変な思いをしているかもしれない。
「そういえば、冬草さんと花江さんは?」
俺が2人に問いかけると、2人ははぁ〜とため息を吐く。
「たまにしか会えない親友同士で語り合いたいんだと」
「それで仕方なく僕たち2人で見て回ってたわけよ」
そこまで言うと、2人は息を吸い込む。
「「なにが悲しくて架流さん(堅治くん)と一緒に行動しないといけないんだ!」」
たぶん2人は気が合う。絶対合う。もう親友としてやっていくといい。
なんだかんだ、会えば喧嘩するわけでもなく、普段は普通に会話をしているが、やはりお互いに思うところがあるのだろう。苦手意識的ななにかが。
「四宮先輩!こっち来てください!」
「太陽おに、あっ、えっと太陽さんお魚の群れですよ!」
手すりから身を乗り出して俺を呼ぶ乱橋さんと来海ちゃんだが、危なっかしいので仕方なく隣で見ておこう。
「太陽くん程々にね」
「2人がテンション上がって危ないから太陽に任せたって春風さんたちには言っておくから」
堅治たちはそう言って船内に入っていく。俺だって本当は月と色々見て回りたい。
「2人とも危ないから手すりに乗らない。落ちたらどうするの」
「すみません。ついテンションが上がってしまいまして」
「ごめんなさい」
素直に謝ってくれるので、これ以上くどくど言わないでおこう。
すると、2人は俺の服の裾を掴んで離さなくなってしまった。こんなの月たちに見られたら口聞いてくれなくなりそうだ。
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