第140話 イベント

story teller ~雷門来海~


 いつもと違うベッドだからなのかすぐに目が覚めてしまい、スマホで時間を確認すると、1時間程しか寝ていないようだ。

 隣で眠る星羅ちゃんを起こさないようにそっと寝返りをうち、布団で寝ている4人の方を向くと、1番奥で寝ていたはずの穂乃果さんがいない事に気がつく。

 トイレかと思ったが、時間が経っても戻ってこない。

 人の家で勝手に歩き回るのは良くないかもと思ったが、心配になり部屋を出る。


 廊下にも穂乃果さんの姿はなく、1階にいるのかと思って階段に向かうと、星羅ちゃんの部屋の隣の部屋の扉が少し空いていて、隙間から明かりが漏れている。

 私は扉を開けて、中を確認すると、部屋の中央のローテーブルの横、扉に背を向けるように穂乃果さんは座っていた。


「穂乃果さん?」


 私が声をかけると、ビクッと体を震わせて恐る恐るこちらに振り向く。

 私の顔を見て安堵したようにはぁーと息を吐き、どうしましたか?と聞いてくる。


「えっと、なにしてるんですか?勝手に入っちゃダメですよ」


「来海ちゃんでしたか。すみません。ちょっと1人になりたくて」


 1人になるなら廊下でもトイレでも、なんならベランダでも1人になれる。それなのにわざわざ太陽さんの部屋に入っていることを不審に思い、私が黙っていると、穂乃果さんはちょいちょいと手招きしてきて、自分の隣の床を軽く叩いて、座ってと言ってくる。


「なんですか?」


「この事はみんなに内緒にしてて貰えますか?」


「それは構いませんが、どうして太陽さんの部屋に?」


 私が聞くと、目を伏せて自分の長い髪をいじっている。

 その様子を見ながら、穂乃果さんの返答を待っていると、少し気まずそうに話し出した。


「・・・・・・実は私、四宮先輩の事が好きなんです」


 その言葉を聞いて、さっきみんなで話していた時の、叶わない恋という意味を理解した。

 穂乃果さんとみんなの関係は、きっと仲良しな友だちなのだと思う。

 そんな中で、友だちの恋人を好きになってしまったのだ。だから叶わない恋なのだ。


「だから少しだけ四宮先輩の部屋に入っていたくて、気持ち悪いですよね。すみません、戻りましょう」


 私が返事をする前に、穂乃果さんは立ち上がり部屋を出ようとする。

 そんな穂乃果さんの手を掴み、じっと顔を見る。


「どうしました?」


「・・・気持ち悪くなんかないですよ」


「えっ?」


「気持ち悪くないです。確かに勝手に入ったのは悪いことかもしれませんが、月さんの事を考えて1人で耐えてるんですよね?気持ち悪くないです。穂乃果さんは偉いと思います」


 素直に思ったことを口にする。

 自分の気持ちを優先せずに我慢する。だけど、少しだけ太陽さんの事を感じていたかったのだろう。

 穂乃果さんの気持ちを考えると、私の方が悲しくなってくる。


「ありがとうございます。そう言って貰えて少し楽になりました」


 穂乃果さんは表情こそ変わらないものの、雰囲気が少し柔らかくなった気がする。

 この人の恋は叶わないかもしれない。けど、この人の気持ちを知ってしまった以上、応援は出来なくとも味方でいようと思う。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 朝早くから集まり、何時間か電車に揺られてやっと目的地に到着した俺たちはその規模の大きさに圧倒されていた。

 様々なゲーム会社が参加しているらしいがそれだけではなく、ゲーム関連の音楽を制作している会社などゲーム会社以外にもたくさんの企業が参加しているようだ。

 そのため、イベント会場はとても広く、人もめちゃくちゃ多い。これは下手したらはぐれるぞ。


「人多いですね」


 そう口に出した来海ちゃんは、帽子にサングラス、更にマスクをしていて、服も星羅から借りたであろう黒いレザーの長ズボンに、黒いTシャツいういかにも不審者な格好をしている。

 星羅いわく、人が多いはずだから来海ちゃんってバレないようにしなきゃとの事だが、逆に目立っている気がする。


「来海ちゃん、服は仕方ないとして、せめてサングラスかマスクは外したら?俺が持つよ?」


 そう声をかけると、少し悩んだ後、じゃあサングラスをお願いしますと俺に渡してくる。

 俺は受け取ったサングラスを着ているワイシャツの胸ポケットにしまう。

 星羅の心配もわかるが、帽子も被っているし、マスクもしているので、サングラスを外した程度ならバレないだろう。


 ______


 会場に入った俺たちは各々が見たいところを順番に見て回ることにした。

 会場案内のマップを見ながら、人混みをかき分けて少しずつ進む。

 俺ははぐれないように月の手をしっかりと握り、なるべく月の後ろに体を入れるようにする。これだけ人が多いと痴漢とかもありそうだし。

 たまに後ろを振り向き、3人の様子をみるが、しっかりと着いてきてくれている。星羅と優希くんは手を繋いでいるが、来海ちゃんだけ1人なので俺が手を繋いだ方がいいかと思ったが、嫌かもしれないのでなるべく見ててあげるだけにした。


「太陽くん!これみて!映像がすごいよ!」


 目的のブースに着くと、月ははしゃぎながら俺に声をかけてくる。

 俺と月は同じゲームシリーズが好きなので、俺も心の中でめちゃくちゃテンションが上がる。


「再来年発売予定か。オンライン対応予定なんだ!へぇ〜」


「私も買おうかな。そしたら家にいても太陽くんと一緒にゲーム出来るね」


 それって再来年も一緒に居てくれるってことだよねと思い、月の言葉に嬉しさを覚える。

 俺が笑顔でそうだねと返すと、絶対一緒にやろうね!と笑顔を返してくれた。


「私はあっちのパーティゲームが気になるかも」


「太陽さん、星羅ちゃんと一緒に行ってきてもいいですか?」


 星羅は2つ隣にあるブースが気になるようで、優希くんを引っ張り連れていこうとしている。

 優希くんは星羅に抵抗しながら、俺に聞いてくるので、気をつけてと言って送り出す。


 それから月との話に戻り、しばらくゲームの映像や制作時の裏話などを聞いたりしながら過ごし、次のブースに移動しようと星羅たちを探しに行く。


 星羅たちはまだパーティゲームのブースに居たので、声をかけるが、来海ちゃんがいない事に気づく。


「あれ?来海ちゃんは?」


「えっ?お兄ちゃんたちと一緒じゃないの?」


 俺はてっきり星羅たちと一緒だと思っていたが、星羅たちも同じことを思っていたようだ。

 しまった、油断した。

 そう思い、すぐに星羅にメッセージを送って貰うが既読にならない。


「気づいてないのかな?」


「それならいいんだけど。優希くん、俺たちで探しに行こう!月と星羅はここで待ってて!」


「わかった!気をつけてね!」


 俺と優希くんは来海ちゃんを見つけたら連絡すると言ってそれぞれ右と左に分かれて探しに向かう。

 来海ちゃんがどんなゲームが好きなのか分からないため、しらみ潰しに探すしかない。


 会場の端から順に見て回るが、人が多すぎてなかなか進めないのと、人影に隠れていたら見つけられないかもしれないと少し焦りが出てくる。


 会場の入口付近に差し掛かった時、1箇所に人が集まっているのが見え、人の隙間から来海ちゃんがその中心にいることに気がつく。


「雷門来海ちゃんだよね?」

「本人?帽子取ってみてよ」

「引退してこんな所にこないでしょ」

「いやでも目元が」


 近づくとそんな声が聞こえてきて、まずいと思い急いで人をかき分けて中心に入り込み、来海ちゃんの手を掴んで人の囲いから抜けようとするが、止められてしまう。


「急になんですか?来海ちゃんの彼氏?」

「でも来海ちゃんはバンドの人と付き合ってるんでしょ?」


 肩を捕まれ、周りの人はそんな事を言ってくる。掴んでいる来海ちゃんの手は少し震えている。


「すみません。この子は俺の妹です。よく似てるって言われるんですけど雷門来海じゃないので通して貰えますか?」


 そう伝えるが、なかなかどいてくれない。

 どうしたものかと思っていると、警備員の人が騒ぎを聞きつけやって来ると、集まっている人を注意してくれる。

 ブツブツと文句を言いながら散り散りになる人たちから離れ、会場から少し離れた場所まで移動し、優希くんにメッセージを送る。


「すみません。ありがとうございます」


 目を伏せて、申し訳なさそうに謝る来海ちゃんに大丈夫だと伝え、近くのベンチに座る。


「目を離してごめんね。俺がしっかり手を繋いでおけば良かった」


「太陽さんは悪くありません。私が勝手に移動したから」


 来海ちゃんは人混みで酔ってしまい、少し外の空気を吸いに行こうとしたら1人に気づかれてしまい、更に別の人が、という事になったらしい。


 まだ不安なのか繋いだ手が少し震えており、泣きそうになっている。

 少しでも安心出来ればと、俺は来海ちゃんの頭を撫でながら、もう大丈夫だよと伝えると少し柔らかい表情になり、恥ずかしそうに頬を赤く染め、笑顔を見せてくれた。


 少しして、会場で待っている月たちのところに戻ろうという事になり、2人で手を繋いで歩く。

 目元でバレてしまった可能性もあるので、今度はサングラスも付けて完全に顔を隠している。


「太陽さん。ありがとうございます」


「気にしないでいいよ」


 俺が優しくそう言うと、来海ちゃんは照れくさそうにこう言ってくる。


「・・・私、お兄ちゃんが欲しかったんですよ。だからお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思ってしまいました」


 なんだか微笑ましく思い、俺の事ほんとのお兄ちゃんだと思っていいからと伝えると、嬉しそうに手を強く握ってくる。


「・・・・・・太陽お兄ちゃん」


 小声でそう呼ばれたような気がしたが、来海ちゃんは俺の方を見ずに前を向いているので気のせいだろう。

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