第136話 赤点スレスレの人たち
story teller ~乱橋穂乃果~
私の新しいお友だちは前崎真理さんという、1つ年上の女性だ。
月さんにも負けず劣らずな可愛い人で、一緒に歩いていても、通り過ぎる人たちの視線を感じる。
「それで、穂乃果ちゃんはその先輩とはどうなりたいの?」
みんなには話せない四宮先輩への気持ちを、こうして遊んでいる時に真理さんに話しているため、なんとか抑え込めている。
この人からは、四宮先輩といる時の安心感と同じものを感じる。そのためか、聞かれたことをなんでも素直に話してしまう。
「ほんとは付き合いたいですよ。でも、私は先輩の彼女さんの事も好きなんです。だから私は我慢するしかないんですよ・・・」
自分で決めたことでも、改めて口に出すと心が痛む。
この気持ちを早く忘れなければと思えば思うほど、四宮先輩の事が頭から離れなくなる。
「ちょっとそこのお店に入ろうか」
そういうと真理さんは私の手を取り、近くにあったファミレスに入る。
広い席に案内されたが真理さんは私の隣に座り、ずっと手を握っている。
「どうしたんですか?」
「穂乃果ちゃんが辛そうに見えたから」
優しい笑顔を向けながら、黙って私の顔をじっと見つめる。
なんだか照れくさくて、私はメニュー表を手に取り、これ美味しそうですねと適当な料理の写真を指さし、話題を変えようとする。
しかし、真理さんはあのねと私に話しかけてくる。
「別に我慢しなくていいと思うよ?あっ彼女さんからその先輩を奪えって話じゃなくてね?」
「・・・どういう事ですか?」
「無理に別れさせたりするのは違うと思うけど、少しくらいアピールするのはいいんじゃないかな?バイト先も同じなんでしょ?2人きりの時くらいはくっついたり、意識して貰えるような行動とかしてもいいと思うの」
真理さんなりに色々と考えてくれているようだが、それだと結果的に2人の仲を邪魔しているのでは?と思ってしまう。
「その先輩と付き合えなかったとしても、自分の気持ちを抑えずにわがままに行動すれば、満足してその気持ちを忘れることが出来るかもしれないよ?それに、もし先輩が穂乃果ちゃんの気持ちに気づいて、ちゃんと振って貰えたら諦めもつくかもでしょ?」
確かにと少し納得してしまう。
自分の中で満足出来れば、どんどんと大きくなるこの気持ちがなくなるかもしれない。それが無理でも、しっかりと振って欲しい。
それならすぐに告白すればいいと思うかもしれないが、そんな勇気はない。心の中に諦めたい気持ちと諦めたくない気持ちが同居している。
ただ、許されるなら少しだけアピールしてみてもいいかと思った。
******
story teller ~四宮太陽~
夏休み前のこの時期。期末試験があり、赤点を取ってしまうと夏休みは補習のために学校に行かなければならない。
その勉強会を行うため、俺たちは市立図書館に来ていた。
俺や月は赤点をとる心配はないと思うが、例のごとく冬草さんは危ないらしい。そして今回からはもう1人、赤点スレスレの人が同席している。
それは乱橋さんだ。
見た目で言えば勉強が出来そうな雰囲気を醸し出しているのだが、実際は全然ダメらしい。
2人は勉強なんて出来なくても生きていけますものとか言っているが、夏木さんに首を捕まれ無理やり座らされている。
「涼は秋川が教えるとして、穂乃果はワタシが教えるから」
「えっ。光さんが・・・ですか?」
「なにか文句あるの?」
「わ、私は四宮先輩に教えて欲しいです・・・」
乱橋さんは夏木さんから逃げるように俺の隣に移動してくるが、すぐに夏木さんに連れていかれてしまう。
めちゃくちゃ泣きそうな顔で俺を見てるけど、そんなに夏木さんに教えてもらうの嫌なのか?
「四宮はダメだよ。月が嫉妬するし」
「じゃあ月さんに教えてもらいたいです!」
「月はもっとダメ。教えるの下手だから」
「なんかサラッと私の心にダメージ与えるのやめて!」
夏木さんの発言に、黙々とペンを動かしていた月が反応する。
そんな感じでワイワイしていると、職員の方がやって来て、お静かにお願いしますと注意される。
いつもは俺の家か月の家で勉強会をしているため、騒いでいる事を注意するのを忘れていた。
そこからは意識して静かに勉強を進めるが、騒いだらダメだと思うと、いつもの何倍も疲れてしまう。
スマホで時間を確認すると、まだ30分も経っていない。体感だと1時間は過ぎたと思ったのに。
みんなを見ると、集中力が途切れているのか、スマホを見たり、小声で話したりしている。
やっぱりある程度ワイワイ騒ぎながらの方が俺たちには向いているのかもしれない。
______
図書館を出て、いつものように俺と月で乱橋さんを送ろうと思ったが、たまには2人で帰りなという夏木さんの気遣いに甘えて、月と2人で帰ることとなった。
7月に入ってからは夜も蒸し暑く、繋いだ手から汗が止まらない。
「ごめんね。気持ち悪いよね」
どちらの手から出た汗なのかわからないが、月は恥ずかしそうに手を離してしまう。
俺は手を離したことに寂しさを覚え、再度月の手を取る。
「俺の汗かもしれないし、気にしてないよ。月は手繋ぎたくない?」
「・・・ううん、繋ぎたい」
伏せた顔を上げて、嬉しそうにそう答えてくれる。
嫌だったらどうしようかと思ったが、要らぬ心配だったようだ。
図書館を出た時が午後7時半くらいだったので、まだ時間はあると判断し、月を家に誘ってみることにする。
「コンビニでアイス買ってさ、それ食べながら俺の部屋で勉強しない?図書館だとあんまり集中出来なかったし」
「したい!したい!えへへ、あんまりくっつかないようにしないとね」
口ではそう言うが、俺が提案すると同時に腕にしがみついて来ているのでたぶん勉強に集中出来る時間は少ないだろう。
そう思いながらも、俺たちはコンビニを目指して歩いた。
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