第122話 出身地

story teller ~夏木光~


 穂乃果の四宮への態度がきになる。なんだか四宮には心を開いているような。

 四宮の右隣に月、左隣に穂乃果が座っている。

 別に誰の隣に誰が座るというのは決まっていないが、ワタシたちの中では自動的にカップルが隣同士に座るという暗黙の了解の様なものがある。もちろん座り方や席の状況にもよるが、誰かの恋人の隣に座る時は無意識に少し距離をあけて座る。

 でも今の穂乃果は、月が四宮に対して座る距離感で同じように座っているのだ。


 バイト先が同じだから、ワタシたちより仲がいいのはわかる。それでも。それでもだ。四宮に対する穂乃果の距離感は友だちのとは違う気がする。

 基本的に無表情なこの後輩は、思考が読みにくい。

 そのせいで余計に勘ぐってしまう。


 四宮の穂乃果への態度は、純粋に後輩を可愛がっているものだと伝わってくる。だから安心して見ていられる。

 まだ穂乃果が四宮の事を好きかどうかはわからない。先輩として、慕っているだけならいいのだが。


 ******


story teller ~四宮太陽~


「今日は色々とありがとうございました」


 乱橋さんは俺たちに深々と頭を下げる。頭を上げてと言っても、これくらいしか出来ないのでと言って、長く、深く頭を下げ続ける。

 やっと頭を上げたかと思うと、いつもの無表情ではなく、複雑な表情になっていた。


「どうしたの?」


「・・・いえ、なんでもありません」


 月の問いかけに対し、乱橋さんは何かを言おうとして、やめたようだ。

 俺たちも深くは追求せず、乱橋さんから目を離す。

タイミングを見ていたのか、誰も話さなくなった時に、堅治が口を開く。


「じゃあオレたちは帰るな。春風さん、ありがとう」


「ありがとうございました」


 堅治と冬草さんは月にお礼を言ってから帰っていく。2人が見えなくなるまで手を振り、次は夏木さんが善夜に、ワタシを送ってとお願いしている。

 夏木さんから積極的に善夜にアタックしているのに、なんで善夜はもう一度告白しないのだろうか。俺から見ても夏木さんは善夜の事好きなのは分かるのに。


「じゃあワタシたちも帰るね」


「3人ともまたね」


 善夜は夏木さんに引っ張られながら帰っていく。付き合ったら完全に尻に敷かれるタイプだな。


「じゃあ、俺は乱橋さんを送って帰るよ。月、帰ったらメッセージするから」


「・・・うん。わかった。待ってるね?」


「はぁ。四宮先輩。月さんは嫉妬してます。私は1人で帰れますから気にしないでください」


 そうは言っても既に午後9時を過ぎており、女の子を1人だと危険だ。もちろん、月に対して申し訳ない気持ちもあるが、これで乱橋さんに何かあってはたまったもんじゃない。


「1人で帰るって危ないからダメだ」


「そうだよ!私が我慢するから!穂乃果ちゃんに何かあったら私責任取れないもん」


「んー、じゃあ月さんも着いてきてください。私を送ったあと、四宮先輩は月さんをまた家まで送れば問題ないですよね?」


 乱橋さんの言うように、確かにそれなら問題ない。でも月がめんどくさいのでは無いだろうか。俺はそう思ったが、月はそうしよう!と乗り気である。

 月がいいならいいんだけど。


「わざわざすみません。私なんかのために」


「私なんかって言わないで。穂乃果ちゃんは大切な友だちなんだから」


 月に注意され、乱橋さんは照れているのか、目を伏せる。表情に出ない分態度や仕草に出るのかもしれない。もう少し慣れたら意外と考えていることが分かってくるのだろうか。


「そういえば、私たちが初めての友だちって言ってたけど、今までも友だちはいなかったの?」


 月は思い出したかのように、乱橋さんに聞いている。

 乱橋さんは、はいと答えたあと俺たちを見てから話し始める。


「私は中学までは離島にいました」


「離島?」


「はい。○○島という小さな島です。そこは子どもが少なく、小学生から中学生まで、同じクラスで授業を受けるんです。それで、私と歳の近い人は1人もいなくて、友だちと言うよりも弟や妹って感じの子たちと遊んでました」


 高校進学のために島から出てきたって事なのだろう。新しい学校で、今まで歳の離れた子どもたちとしか接して来なかったから、同級生とどう接していいのかわからないのかもしれない。


「だから、歳の近い人たちと友だちになるのは初めてなんです」


「そうだったんだ。じゃあ私が友だち第1号だね!」


 月は乱橋さんの手を取り、笑顔ではしゃぐ。こういう光景を見るのは嫌いじゃない。乱橋さんはどうかわからないが、月はほんとに嬉しそうだ。


「じゃあ一人暮らししてるって事?」


「いえ、歳の離れたお姉ちゃんがこの街に住んでて、お姉ちゃんの家に一緒に住んでます」


「だから少しでも家にお金を入れようと、バイトしてるんだ」


 俺がそう言うと、そうですねと返してくる。乱橋さんの今の状況を想像すると、少し心が痛くなる。

 お姉ちゃんがいるとはいえ、親元を離れて新しい生活を始めて、高校に入学したら友だちが出来ないどころかいじめられてしまっている。

 どうにからしてあげたいと思うが、俺に出来ることはなにかあるだろうか。


 そんな事を考えながら、乱橋さんの話を聞いては質問してを繰り返し歩いていると、あっという間に乱橋さんの住むアパートに着く。月の家からそんなに離れてないな。


「ここです。送ってくれてありがとうございました」


「ううん。今日はありがとう!また学校でね!」


「またね」


 俺たちは挨拶を済ませ、来た道を戻る。

 乱橋さんの家から少し離れた頃、月は俺の手を握ってくるので、俺も握り返す。なんだかいつもより握る力が強い気がする。


「どうしたの?」


「今日、太陽くんとあんまりくっつけなかったから」


「ごめんね。明日バイト前時間あるんだけど、月は昼間予定ある?」


 明日は振替休日なので、念の為に予定を確認すると、なにもないよと目を輝かせている。気持ちが素直に表情に出るので分かりやすくて可愛い。


「じゃあ少し遊ばない?」


「いいの!やった!遊ぶ!」


 飛び跳ねて喜ぶ月に、どこか行きたい場所はあるかと聞くが、一緒ならどこでもいいとの事。

 先月支給された給料もほとんど使ってないし、明日は月となにか美味しいものでも食べに行こうと考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る