第119話 ドッチボール

story teller ~乱橋穂乃果~


 バイトが終わり家に向かって歩いている時に、ふと四宮先輩と春風先輩の事を思い出す。

 春風先輩の事は一瞬見ただけだが、同性の私から見ても可愛いと思う。クラスの男子が、天使だなんだと騒いでいるのも納得だ。


 でもなぜ、春風先輩は四宮先輩と付き合ったのだろう。


 あの人なら告白する人も絶えず、もっといい人を選ぶことも出来るはず。もちろん四宮先輩がいい人じゃないとは言わない。優しい人だとは思うが、パッとしないし、顔も普通だと思う。

 お金持ちなのかもと思ったが、お金持ちならそもそもあんな暇なカフェでバイトなんてしないだろう。


 考えても答えが出ないので、別のことを考える事にする。しかし、入学してから、楽しみのない日常を過ごしているためか、結局なにも思いつかず、今日の夕飯はなんだろうと面白味のない事を考えながら家までの道を歩く。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 5月中旬になり、去年色々あった球技大会が始まった。俺と善夜は男子サッカーに参加していたが、初戦で負けてしまったため、月たちが参加しているバスケを応援していた。

 月を見るためか、他クラスの男子や他学年の男子まで集まっており、なかなかの人の数だ。


「1組の女子ってバスケ強いんだね」


「バスケ部が多いみたいだし、もしかして優勝するんじゃないか」


 試合を見て呟く善夜に俺は自分の希望が混ざった言葉を返す。

 球技大会では、自分の所属する部活動と同じ球技は参加不可などの制限がないため、多くの人は得意な球技を選択する。

 その為、うちのクラスのように、バスケ部員が多く集まっていたりすると結果的に勝ち進むことが出来る。


「おお!また勝った」


 2年1組対3年3組の女子バスケ対決は、うちのクラスの圧勝。月と夏木さんもバスケ部員に囲まれた中で、いい動きが出来ていたと思う。

 試合が終わり、コートの外にいる俺たちを見つけた月たちが歩いてくる。


「お疲れ様」


「ありがとう!また勝てたよ!」


 嬉しそうに俺に向かってピースをしてくる月に自販機で買った水を渡す。


「このまま優勝出来るんじゃない?」


「私が足を引っ張らなければ出来るかも」


 月は謙遜しているが、足を引っ張るどころか活躍しているように見えるのでそれを伝えると、私はまだまだだよと言ってくる。


「ワタシたちの次の試合まで時間あるし、4人で涼の応援いかない?」


 夏木さんの提案で、隣のコートに移動し、空いているところに腰を下ろす。

 女子はバスケとドッチボールに分かれていて、冬草さんはドッチボールに参加するらしい。

 時間になり、冬草さんたち2組と、相手チームがコート内に入る。相手は1年生のようだ。

 俺たちは冬草さんに頑張れとエールを送ると、こちらを見て手を振ってくる。堅治もいたら冬草さんはもっと頑張れたかもしれないが、堅治はソフトボールに参加していて、まだここにいないのは順調に勝ち進んでいるからだろう。


 じゃんけんで勝った冬草さんたち、2年生からのボールで試合が始まる。

 相手に向かってボールを投げるが、相手にキャッチされてしまう。そして相手からのボールで2年生の1人が外野に出る。

 球技大会の時間の都合上、外野から内野に戻ることが出来ないので、1人少ない状況になってしまう。

 そこからは相手チームのエース的な人がバンバン冬草さんたちの人数を減らし、押されていく。

 このままだと冬草さんたちが負けてしまうと思ったが、相手はなにか話し合うように集まり、エース的な人がボールを別の人に渡す。

 ボールを渡された人は乱橋さんだった。冬草さんたちの相手チームは乱橋さんのクラスだったのか。


 乱橋さんは他の人にボールを渡そうとするが誰も受け取らない。譲ることを諦めたのか、手に持ったボールを冬草さんたちに投げるも、勢いがなくキャッチされてしまう。その途端、相手チームの人たちが乱橋さんに対して文句を言っているのが聞こえる。


「お前やるならちゃんとやれよ」

「せっかくうちらのボールだったのに相手に取られたじゃねぇか」

「ふざけんな」


 仲間割れか?と周りで応援している人たちもざわめきだす。

 相手チームの様子に、ボールを持った冬草さんのチームメイトも投げることが出来ずにいる。

 乱橋さんは、文句を言ってきた人たちに対して、すみませんと頭を下げている。それでも乱橋さんに対する文句は止まらない。

 俺はその光景を見ていられず、コートに入って止めようかと思ったが、俺よりも先に桜木先生が止めに入る。

 先生を交えて話し合ったあと、乱橋さんが先生に連れられてコートの外に出た。


「ごめん、俺行ってきていい?」


「一応見知った顔だし、心配だから私もいく」


「ワタシたちはここにいるから、様子見てきて」


 俺と月は体育館から出たであろう、桜木先生と乱橋さんを追いかける。同じバイト先で働く後輩をあのまま放置はさすがに出来ない。


「桜木先生!」


 外に出た俺たちは、校舎に入ろうとする桜木先生と乱橋さんを呼び止め、2人に駆け寄る。


「四宮に春風。どうした?」


「すみません。今の出来事見てたんです。それで乱橋さんが心配になって」


「お前たち、この子の知り合いか?」


「俺のバイト先の後輩です」


 俺がそう答えると、桜木先生はそうか。と一言言ってから、一緒に来るか?と聞いてくる。

 行きますと伝えてから、4人で会議室に入る。


「君は、乱橋だったか?クラスメイトとなにかあったのか?」


 桜木先生は優しい口調でそう聞くが、乱橋さんはなにも答えない。いつもの無表情で黙っているため、なにを考えているかも分かりにくい。

 桜木先生は俺を見て頷くので、俺から話しかけてみる事にした。


「乱橋さん、大丈夫?」


「・・・すみません、大丈夫です」


 俺の問いかけには応じてくれた。しかし目を伏せて必要以上には話さないといった雰囲気だ。


「こんな事はあまり言いたくないんだけど、いじめられてたりする?」


 俺の言葉に反応するように顔を上げると、少し泣きそうな顔になる。それでもすぐにいつもの無表情に戻ると、否定してくる。


「いじめられてません。私が失敗したからみんな怒っていただけです」


 変わらずの無表情だが、少し体が震えていて、明らかにいじめられている事に自分でも気づいている様子だ。でも誰にも言いたくないし、自分でも認めたくない。そんな感情なのだろう。俺も過去に孤立してしまった事があるので、少しは気持ちがわかる。

 桜木先生も、腕を組んで困った顔をしている。


「私たちと友だちにならない?」


 俺と桜木先生がどうしたものかと頭を悩ませていると、月が唐突にそう言う。

 俺と桜木先生は月の意図がわからず、どういう事?と聞こうとするが、手で制される。


「いじめられてないなら、もうこの話は終わりだし、私は乱橋さんと友だちになって、残りの時間私の友だちを乱橋さんと一緒に応援したいんだけど、どうかな?」


 月は乱橋さんの目線に合わせて少し屈み、話しかけている。

 乱橋さんはそんな月を見て、友だちってそんな風になるものでしたか?と逆に質問している。


「気づいたら友だちになってる人もいるけど、こういう始まりもありだと私は思うよ」


「・・・わかりました。断る理由もないですし、よろしくお願いします」


 乱橋さんの返答を聞くと、月は乱橋さんの手を取って握手をする。

 そして2人が離れると、桜木先生は乱橋さんにちょっと待ってろと言ってから、俺と月を会議室の外に連れ出す。


「春風、さっきのはどういう事だ?」


「さっきの乱橋さんの様子は明らかにいじめられてる事に自分でも気づいてましたよね?だから、私たちと友だちになれば、少なくとも休み時間や放課後は相手も手を出してこないんじゃないかと思ったんです」


「なるほど。授業中やHRは先生もいるから手は出せないし、それならいじめを止めることは出来なくても、頻度を減らすことは出来るかも」


 月の意図を理解した俺と桜木先生は、いいかもしれないと思う。


「でもそれだと根本的な解決にはなってないので、桜木先生、乱橋さんのクラスの担任に様子を見るようにお願いして貰えませんか?判断は先生に任せますが、いじめられてると言って先生から相手に注意してしまうと、余計いじめが悪化するかもしれませんし」


「春風の言う通りだ。どうにかしたいが、相手を刺激してしまっては意味が無いからな。まずは乱橋の担任に話をしてみる。俺もなるべく乱橋の様子を見るようにするから、休み時間や先生たちの目が届かない所は、お前たちに頼んでもいいか?」


 俺たちはもちろんですと伝えてから、よろしくお願いしますと頭を下げる。

 これからどうなるかわからないが、とりあえず今出来ることをやろうと決意する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る