第118話 先輩と後輩
story teller ~夏木光~
ワタシと善夜は、放課後にバッティングセンターに来ているのだが、今日の事を思い出して、ワタシはイライラしていた。
なんで1年生に善夜たちがあんな事を言われなければいけないのだろうか。仮に善夜たちと仲良くなかったとしても、あんなことを言う男とは仲良くしない。
ワタシは怒りのままにバットを振る。すると、飛んできたボールの芯を捉えたのか、カーンという気持ちのいい音ともに、ボールは綺麗に飛び、奥のネットを揺らす。
「夏木さんすごい!綺麗に当たったね!」
善夜はワタシのバッティングを見て興奮しているようだ。初めてのバッティングセンターだったが、初球から打ててしまい、すごいと言われるのはなんだか照れてしまう。
だが、打てたのは偶然のようで、それ以降は打つことが出来ずに終わる。
「惜しかったよ!夏木さんは慣れればきっと打てるようになると思うよ」
善夜はそう言うが、実際やってみてわかる。ワタシはバッティングのセンスがないのだろう。優しい人だからきっとワタシが嫌な気持ちにならないようにそう言ってくれるのだろう。
「善夜、ありがとう。あとさ、善夜はいつまでワタシの事夏木さんって呼ぶの?」
九十九との件が終わり2ヶ月程経つが、善夜は未だにワタシの事を名前で呼んでくれない。ワタシはその日で善夜と呼んだのに。
「えっと、名前で呼ぶのは迷惑じゃない?」
「迷惑ってなんでよ。名前を呼ぶだけだし、ワタシだって善夜の事名前で呼んでるじゃん」
「・・・じゃあ呼んでもいいの?」
恥ずかしそうに善夜が言うものだから、ワタシまで恥ずかしくなってくる。
「えっと・・・。光さん」
善夜がワタシの名前を呼んだ瞬間。心が満たされる。先程までのイライラが収まり、一気に幸せな気持ちになる。
薄々気づいていたが、ワタシは善夜のことが好きなのだ。
最初はありえないと思っていた。タイプではないし、好きだと言われた時も嬉しかったが、ただそれだけだった。
でもあの夜、ビビりながら、怖くて震えながらもワタシを守るために飛び出してきた男の子。その日以降、善夜の顔をまともに見ることが出来ず、近くにいると意識してしまい、一緒にいると安心する自分がいる。
今ワタシが好きって言えば付き合えるのかな。
そう思うものの、好きという言葉を伝える事が出来ない。ただ一言言えばいいだけなのに。
善夜はこんな勇気のいる事を、月や涼たちがいる前で伝えてきたのか。
ワタシは目の前の男の子を密かに尊敬した。
******
story teller ~四宮太陽~
「おはようございます」
俺が事務所で出勤時間を待っていると、乱橋さんが入ってきた。おはようと返し、店長から受け取っていたエプロンを乱橋さんに渡す。
「学校の制服の上からつけていいのですか?」
「うん、エプロンだけ着用って決まりだから、服はなんでも大丈夫だよ。スカートが嫌ならズボンも店長が用意してるし、上も制服が嫌なら、そうだな。俺のパーカー借りる?」
店内は暖かいので、学校帰りにバイトがある時は制服のまま勤務している。女の子だとそういうのも気になるかもしれないと思い、聞いてみたが、乱橋さんは大丈夫ですと答えて、制服の上からエプロンをつける。
乱橋さんは小柄なので、エプロンをつけるとエプロンにつけられているように見える。小動物みたいで可愛らしい。
出勤時間が近づいてきたので、乱橋さんにパソコンの操作方法を教え、一緒に事務所を出ると、例のごとく店長は俺たちと入れ替わりで事務所に入っていく。
あの人、昼間1人の時はどうしてるんだろう。
「四宮先輩が色々教えてくれるのですか?」
乱橋さんは店長が事務所に入っていったのを見届けてから、不思議そうに俺に聞いてくる。
「そうだよ。俺じゃ嫌だった?」
「いえ、てっきりかえぴょんが教えてくれるのかと思っていたので」
「かえぴょんって呼んでるのかよ!」
無表情でかえぴょんとか言うものだから思わず反応してしまった。本人はダメでしたか?と言っているので、店長の冗談を間に受けてしまっているのだろう。
店長って呼んであげてと言うと、わかりましたと素直に返事をしてくれる。
たぶん悪気はなく、本気でそう呼んでいいと思ったのだろう。まぁ店長ならかえぴょんって呼ばれて喜びそうだが。
俺は備品の場所や基本的な仕事内容をざっくりと教え、少し細かい説明に入る。乱橋さんは俺の話をまじめに聞いてくれるので教えるのがとても楽だ。
「こんな感じかな。あとは接客の仕方とレジ打ちがあるからさ。それはまた次の出勤の時に教えるよ」
「わかりました。先輩って教えるの上手ですね」
「な、なに?急に」
急に褒められて驚いてしまう。今まで教えるのが上手だと言われたことが無かったので素直に嬉しい。
「今、仕事内容を教えてもらって、素直に感じたことを口に出しただけですよ」
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しいよ」
俺がお礼を言うと、乱橋さんは俺が教えたことを復習している。真面目な子なんだろうな。
「先輩、このお店って」
「暇だよ」
「私まだ何も言っていません」
でも言いたかった事は当たってるでしょ?と聞くと、はいと答える。わかるよ。俺も最初は暇だな、大丈夫かなって思ったもの。
「暇だし、いつもおしゃべりして勤務終了かな。この店での1番大変な仕事は店長の相手をすることだよ」
「えっ、それって仕事なんですか?」
「そうだよ。たぶん」
俺たちはそのまま話すことも無く、カウンターの中でボケーッとしていた。
すると、カランカランと扉が開く音が聞こえ、待ってましたと思って入口を見ると、山田が入ってきた。
「なんだ、山田か」
「なんだってなんだよ。相変わらず暇そうだな」
「お陰様で暇だよ」
山田はあのあと、店長に無断欠勤の事を謝り、正式にバイトを辞めた。今でもたまーに遊びに来てくれる。
「その子新しい人?」
「そうだよ。俺の後輩の乱橋さん」
「初めまして、乱橋穂乃果といいます」
「あっどうも、山田健太です。ここで前までバイトしてました」
乱橋さんと山田はお互いに頭を下げて挨拶をしたあと、山田がちょいちょいと手で俺を呼ぶ。俺がカウンターを出て、山田のところに行くと、山田は俺と肩を組むと耳打ちしてくる。
「なにこの子、めちゃくちゃ可愛いじゃん」
「お前にはやらんぞ?お前はクソだから」
俺と山田は普段は言えない言葉も平気で言える間柄だと思っている。それは山田がこんなやつだから気を使わずに出来ることである。そして、夏木さんにした事を許した訳では無いので、可愛い後輩を山田に紹介する気は無い。
そんな事言うなよと言っているが、ダメなもんはダメだ。
「なんだよ。四宮はいいよな可愛い彼女がいて」
「山田も自分の学校で彼女探せよ」
俺は組んでいた肩を離し、カウンターの中に戻る。山田はカウンター前の席に座り、雑談をしながら注文してくる。
「簡単に出来たら苦労しないよ。サンドイッチ1つ」
「努力してから言いなさい。サンドイッチね、了解」
会話をしながら、仕込まれていた材料でサンドイッチを作っていく。
「四宮先輩って彼女いるのですか?」
乱橋さんは俺がサンドイッチを作るのを見ながら質問してくる。彼女がいる事言ってなかったっけ。
「いるよ。この前自販機で会った時に一緒にいた女の子がいたでしょ?あの子が彼女だよ」
俺の返事を聞いてやっと思い出したのか、ああと声を出している。
「あの可愛い人ですか?あの人1年生の男子からも人気ですよね」
「やっぱ春風は人気なんだな。四宮もよく春風と付き合えたもんだ」
「それ私も思いました。四宮先輩みたいな人がどうやってあんな可愛い人と付き合えたのですか?」
「君たち失礼だな。泣くぞ」
俺がそう言うと、ごめんごめんと山田は謝ってくるが、乱橋さんは俺と月が付き合っていることがほんとに不思議なようで、黙って俺が答えるのを待っている。
恥ずかしいから絶対話さないけど。
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